スターダスト                  
 
  第三章 望み得るもの  
         
 
 

 

 歴史の時間は退屈だった。倫理の勉強も面白くない。デルドーマ星人について、実際に検体を見ながらの講義はなかなかの興奮を覚えたが、それも今この瞬間に勝るものではなかった。
「ティオメス、α―1。発進準備良し」
 マークは、自分の声が少し上ずっているのを認めた。
 冥王星の近日点にあたる空間に位置する、この衛星基地エクステスに来てから、三十回以上、マークは戦闘機に乗った。ただし、訓練用のシミュレート機に。だが、今日は違う。本物の戦闘機。基地ごとカサズム空域まで移動し、実戦さながらのチームを組んでの訓練だ。戦争が起これば、この空域も戦場となる恐れがある。しかしここ数年、例によってデルドーマ星人は休暇中らしく、軌道外七万キロメートル地点に設置された三十二個の監視衛星にも、その姿を見せてはいない。安全は、確保されている。だが、過去において戦場となった、そして未来において戦場となり得る場所に飛び立つことは、言い様のない気持ちの高まりをマークにもたらした。
「GL359ゲート、オープン。δ―3、δ―5、δ―6、発進」
 管制塔からのクールな声。イライザだ。赤毛の短い髪が印象的な美人で、睫が作りもののように長い。
「PW552ゲート、オープン。β―4、β―7、β―9、発進」
 マークは操縦桿を軽く握り締めた。わずかだが、手に汗が滲む。
「SA107ゲート、オープン。α―1、α―2、α―8、発進」
 負荷が加わる。激しい振動が頬の肉を震わせ、骨を軋ませる。轟音が耳を貫き、光が走る。
 ふっと体が浮くような感覚を覚える。闇がマークを捉える。大きく胸を波立たせ、声を吐く。
「こちらティオメス。これより作戦811に入る」
「ラジャー」
 イライザの声に合わせて、八つの声が機内に響いた。
 三機ずつ三編隊。それで一チーム。マークはそのキャップだった。だが、事実上このチームの司令官はイライザだ。戦闘機のパイロットは、ただの駒にしか過ぎない。戦場における全ての決定権は、イライザにある。場合によっては、戦闘機そのものを支配する力を、彼女は持っていた。
 ガードコニカリー・システムというこの戦い方は、本来無人の戦闘機を用いて行なわれる。イライザのようなガーディアンが、基地の中から戦闘機を思いのままに遠隔操作するのだ。この場合、同時に操作できるのは、チームと同じ九機まで。さらに予備機が五機用意されている。全てが破壊されると、その時点でゲームオーバー。即、別のガーディアンと交代させられる。このように、戦闘機同士の空中戦も、敵母船への攻撃も、人的犠牲のないこのシステムで、通常は行なわれた。
 しかし、いくつかの特別な作戦で、有人機が必要となる場合があった。例えばその一つに、ガーディアンの受け持ち空域の問題がある。基地を中心に、距離にして一万キロメートル。その範囲内を、システムの名が示す通り、円錐状に二百五十に区分。
 最も外側にあたる部分で、およそ五百万平方キロメートル、その領域を、最大百人のガーディアンで守るのだ。もちろんこの方法だと、地表に近付くにつれ担当する領域は狭まるわけだから、基地のすぐ上空では一人のガーディアンですら手狭となってしまう。エクステス基地の直径は、わずかに六百キロメートル。そんな小さな衛星上を、目まぐるしく防衛領域をまたがりながら飛ばれては、対処ができない。そういう場合に、この有人機が有効となるのだ。全領域の権限を与えられた、トップガーディアンの率いるチームが。
 特殊な例は、もう一つある。過去、一度だけあったのだが、敵母船がこちらの攻撃で航行不能となり、基地めがけて落下してきたのだ。基地を動かし、逃げ切れるだけの距離がある場合はそれでいい。しかしそうでない場合は、その内部に入り込み、母船を破壊するしかない。構造は分かっていたので、無傷の状態であれば、無人戦闘機でも十分対応が可能だったであろう。しかし満身創痍の母船はそこかしこが崩れ、小さな爆発があちこちで起き、データ通りの進入路が確保できない。時間との戦いでもある以上、それらの傷を一つ一つ確かめながら行くわけにもいかず、結局五チーム、四十五機の有人機を出して任務にあたらせた。
 その時の犠牲者は、四十五人。全員の命を引き換えにして、目的は達せられた。デルドーマ星人との戦いにおいて、最も多くの犠牲者を出した戦闘だった。しかしそれでも、何千人、何万人、何十万人と、一つの戦争で死者を出した過去に比べたら、この数はゼロに等しい。人々に、痛みはない。失われた命に近しい人間以外は。マークのような、遺族以外は……。

 
 
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  第三章・3