スターダスト                  
 
  第三章 望み得るもの  
         
 
 

 さらに高度を下げる。複雑な地形が眼下に迫る。
 今日の訓練は、敵母船への攻撃を想定したものだった。訓練用地内に、敵母船の巨大なリングの一つ分が埋め込まれていて、その溝に沿って潜入し、中心核を目指すという段取りだ。通常、衛星基地上には、地球と同じ重力がかけられているが、溝の近くは倍のGとなっているので、下手な進入角度を取るとそのまま叩きつけられる。が、これは実際の敵母船の状態を模しているためで、溝に入ると、さらに3Gという強力な力が働いていた。
「くっ」
 強い力で引きつけられながら、溝に機体を滑り込ませる。さらなる負荷が急激に加わり、機体を揺らす。その目前に、右壁の突起したブロックが迫る。
「――とっ」
 マークはそれをかわした。今度は下、左、また下、そして右。溝の中は、マッハ2で飛び続けるには、あまりにも複雑な構造となっていた。だが、スピードを落とすわけにはいかない。母船は今にも、基地の上に落下しようとしているのだから。
 ひたすらかわす。左、右、下、右――。タイミングがつかめてきた。大げさにぶれていた機体が、最小限の動きでそれらを避けて進む。スピードが、さらに乗る。
 その機体の中で、マークは口笛を吹いた。己の力を自画自賛したわけではない。マークの目には、またもやレーダーが映っていた。八機が列となって連なっている。計ったように同じ動きで、障害物をかわしている。
「うっ」
 マークの口から、小さな音が漏れ出た。機体に強い衝撃が走る。崩れ落ちる左壁が、スローモーションを見るかのようにゆっくりと後ろに流れていく。
 おいでなさったか。
 レーダーに、大きな赤い光点が現れたのを視界の端で捉え、マークは言った。
「敵機襲来、β、δ、直ちに迎撃体勢を取れ」
「ラジャー」
 六人プラス一人の声が機内に響く。左右、後方の六機が溝を脱し上空に散る。そこに舞う、敵機Aタイプと対峙する。このAタイプ、通称バタフライと呼ばれる四翼の敵機は、溝の中には入ってこない。機体が大きすぎて、狭い溝ではあまり自由に動けないのだ。よって彼らはリング表面上に待機して、侵入者を上空から攻撃する。破壊力はないが射程が長い。機動力はないが頑丈だ。β、δの六機で、はたして手におえるのか。いや、イライザ一人で大丈夫なのか。
 しかしマークはそこで思考を中断した。彼には彼で、やらなければならない任務がある。
「αー2、αー8、最終局面に備え、フォーメーションチェンジ」
「ラジャー」
 二つの声が聞こえぬほど、イライザの声が大きく響いた。
 なるほど、こりゃ、すげえ。
 マークは内心で舌を巻いた。赤い光点めがけ、華麗にヒット&アウェイを繰り出す六つの光点。マークの命令を合図に、ぴったりとその上下に機体の位置を変え、スピードを上げる二つの光点。この擬似リングは訓練のたび、新しい構造にセットされるわけだから、当然イライザはコースを瞬時に判断していることになる。上空で六機を操りながら、ほとんどぶれもなく障害物をかわす二機。むしろマークの機の方が、動きに無駄がある。
 こいつは、負けてられないな。
 マークはレーダーを見た。最終目標地点を表す緑の光が点滅している。母船の重力場装置がある場所だ。ここに磁場変換ミサイルをぶち込めば、任務完了。だが、その前に――。

 
 
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  第三章・5