スターダスト                  
 
  第三章 望み得るもの  
         
 
 

「フォーメーション、U−3。スタンバイ」
「ラジャー」
 イライザの声に、また九人が答える。訓練ポイントに向かいながら、隊形を整える。マークを中心にα機が真中、右にβ、左にδ。共に中央の戦闘機が少し前に出た、矢じりのような形で飛び続ける。マークはちらりと右をみやった。αー7の、鷲の嘴を思わせる機首だけがそこから見える。
 痛みのない傷に人が無頓着なように、犠牲の少ない戦争は、人々の意識の一番外側にあった。半ば惰性で集められる各国の助成金は、全てシステムに吸い上げられてしまうので、軍は常に資金集めと兵士の確保に苦労した。しかもこの二つは、相互に密接な関係がある。十分な待遇が約束されれば、当然入隊希望者も増えるであろう。しかし、あまり集まり過ぎては、その維持のために貴重な資金が食われてしまう。特に戦争と戦争の間、時にして、二、三十年にも及ぶ期間が、あまりにも無駄となる。一つバランスを崩せば、悪循環となってしまう。
 最終的に軍は、資金の負担が大きい、維持を諦めた。戦争が起こるたび、兵を集める方式を採用した。各国それぞれが、軍を有していた昔は、それでも良かった。十分に、優れた兵士を集めることができた。だが今、地球上において戦争がなくなった今、いつ何時でも動くことのできる軍を所持している国はいない。兵士の質は、おのずと低くなった。そしてそれは、兵士といえないレベルにまで落ちていた。
 まるで、老人ホームだな。
 一同に訓練生が会した時、マークはそう思った。障害者も多い。やけに目つきの悪い者もいる。服役中の囚人が、強制的に軍に入れられているという噂は本当だったのか。いずれにせよどの顔も、およそその仕事の名目を表す輝かしさはない。気力もなく、意志もなく、ただそこに立っている人間達を見ていると、むかつきすら覚える。が、それでも戦うことができるほど、地球軍の技術は優れていた。
 例えば、ティオメスαー2。マッハ3.4の速さで空間を切り裂く戦闘機に乗っているのは、ジョルジュ・ペルというマークより五つ年上の障害者だ。彼は手も足も使えない。そして、口も利けない。義肢はあるが、迅速さと精度に欠ける。キーボードを叩くことによって出る機械音声は、さらに鈍い。よって彼は、機器の操作を全て目で行った。特別に搭載されたパネルボードに視線を固定することで、あらゆる指示を可能にするのだ。一見難しそうだが、彼にとっては造作もないことであった。そういう作業を、彼は物心ついてからずっとしてきた。日常生活そのものが、その作業の連続であったのだから。
「これより、サポートシステムをレベル2に移行します。5秒前、4、3、2、1――」
 がくんと軽い衝撃が機体に走る。おかげでイライザのゼロという声が聞こえなかった。操縦桿を握り直す。手の中の支配権を確認する。もっとも、この状態でもなお、全ての権利を有しているわけではない。緊急時には、マークの手を借りることなく、イライザが戦闘機を制御できる。ただし、この緊急時というのは、パイロットが操縦不可能となった状態を指すので、意志ある限り、戦闘機はパイロットのものだ。望むなら、フル手動での操縦も許可される。大概は、そんな負担のかかる方法は取らないが。
 α―8、β―4、δ―6。この三機に乗っているのは、六十を越した爺さんばかりだ。β―9はそれより若いが、マークの母親の年齢は、軽くクリアしている。β―7、δ―3はジョルジュほどではないが障害者で、一人は右手が、一人は両足が共に義肢であった。残るδ―5のパイロットは、マークとさほど変わらぬ年で、体のどこにも障害のない青年であったが、健康なだけで戦闘機の操縦は務まらない。的確な、それでいて素早い判断力。彼にはその力が欠けていた。
「β―7、サポートシステムをレベル1に移行」
「ラジャー」
「β―4、サポートシステムをレベル3に移行」
「ラジャー」
「α―1、サポートシステム、解除」
「ラジャー」
 結局、マーク以外、程度の差はあれ、イライザのサポートを受ける形となった。
 いくらサポートとはいえ、一度に八機も操作するなんて、凄いな。
 ちらりとレーダーを横目で見やりながら、マークは思った。目標地点に向けて高度を下げながらさらに加速するマークの戦闘機に、隊形を崩すことなくぴったりと付いて来ている。イライザの姿が、そのレーダーの上に重なる。
 小柄で、ともすればひ弱な印象さえ受ける女性。体力は、見た目通りない。だが、彼女の仕事にそれは必要ない。優秀な頭脳、それさえあればいい。戦いにおいてはその柔軟性も問われるため、ガーディアンはみな、二十代、しかも前半までの者に限られていた。兵士とは違い、彼らはエリートだ。組織的にもガードコニカリー・システムは軍の上に位置する。彼らは軍人ではない。あくまでもガーディアン、守り人だ。だが詮ずるところ、真の戦闘員は、やはり彼らであった。彼らの指先から、戦争は始まるのだ。
「目標確認、これより攻撃に入る」
「ラジャー」
 八人の声に隠れて、イライザの声が響く。マークは心の中で呟いた。
 お手並み、拝見――。

 
 
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  第三章・4