スターダスト                  
 
  第三章 望み得るもの  
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 来た――!
 レーダーが、新たな敵を捉えた。前方から、矢のように接近してくる。敵のもう一つの戦闘機、Bタイプ、通称スカーレットだ。こいつは見た目も性能も、自機とほとんど変わらない。おまけにパイロットの腕の確かさも。現に全部で四機、フルスピードで溝の中を駆け抜けてくる。力が同じである以上、一瞬が勝負の分かれ道だ。攻撃が外れ、そのまま突っ込まれた場合も想定しなければならない。相手の目的は、たとえ玉砕しても、こちらの攻撃を食い止めればいいだけだが、こっちはそうはいかない。あのネジ止めに、あの装置に、何としてもミサイルを沈めなければ――。
 敵機との距離を示す数字が、射程距離に迫る。落下するようにその数字が萎む。
 たぶん。
 マークは思う。
 たぶん、こういうのって理屈じゃないんだろうな。経験も、その全てじゃない。そいつにセンスがあるかないか。きっと、そういうことなんじゃないかな。
 マークは操縦桿を握る手に、軽く力を込めた。すっとマークの機だけ前に出る。
 まず一機。
 マークの機体から発せられた白い閃光が、溝の中をうねりながら走る。その光と対照的な螺旋を描きつつ伸びた敵の攻撃を、バウンドするように少しだけ機体を浮かせて避ける。
 二機。
 続けざまのマークの攻撃が、溝を明るく照らす。
 そして三機、これがラスト。
 さらなる光が、マークの意志に従って放たれる。その軌道に覆い被さるように、強烈な光が迫る。低く沈めた機体の上を、光が掠めた。新たな軽い衝撃。敵機の残骸だ。マークの三度の攻撃は、確実に一機ずつを貫き、そして予定通り、一番後続の四機目も巻き込んで、弾けさせた。
 加速する。這うように溝を滑る。イライザが受け持つ二機は、完全に遅れをとっている。緑の光点と、自機を示す白い光点が、レーダーの中で急接近する。
 タイミングを計る。両者の距離を示す数字板から視線を外す。
 たぶん、これも――。
「訓練中止。繰り返す、訓練中止!」
 通常よりオクターブ高い位置での叫び声に、マークは一瞬その持ち主が誰であるか分からなかった。イライザの甲高い声によって削がれた集中力が、機体のぶれを生む。軽く低部を擦りつける。
「――っと」
「マーク、大丈夫?」
「大丈夫ってなあ」
 緑の光点が、自機の遥か後方に流れ去ったのを苦々しく見やりながら、マークはイライザに不満をぶつけた。
「あんたのせいだろうが。一体、何だってんだ?」
 そう言いながら、戦闘機を溝から脱出させる。強い負荷から解放されるまで、一気に昇る。
「緊急事態よ。ケンペローガ空域にて、本日午後3.41時、第25監視衛星が敵影をキャッチ。その直後、衛星は大破」
「……て、ことは――」
「戦争よ」
 上ずったままの声でイライザが叫んだ。一呼吸置く。半オクターブほど、意識的に下げた声でさらに続ける。
「全機、直ちに帰還。補給をすませ、ケンペローガ空域に出撃せよ」
「ラジャー」
 マークは自分の声がわずかに震えているのを認めて、興奮を覚えた。星を貫くように、機体を上昇させる。完璧に冷静さを取り戻したイライザの声が、その機内に響く。
「これより全機、サポートシステムをレベル5に移行します」
「ラジャー」
 声はまだ震えていた。だが、その音ははっきりしていた。喜びに裏打ちされたマークの返答は、逆の意を秘めた七人の声を圧倒した。
 がくんと機体が揺れ、全ての制御がイライザのものとなる。操縦桿を放し、その手を頭の後ろに組む。目を閉じる。瞼の裏で、星が流れる。

 西暦二八七九年、二月二十三日。
 第十七次、デルドーマ戦争が始まった。

 

 
 
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  第三章・6