「マーク」
声をかけられ、マークは視線を下方へ転じた。妙に味気ない、ゆえに特徴のある声の持ち主は、車椅子に乗った状態でマークを見上げている。
「ジョルジュ、足はチューンナップ中か?」
義手をたくみに動かして、ジュルジュは膝の上のキーボードを叩いた。そのすぐ下で、逆さまについた両の足首が揺れる。最初、それは生まれながらの障害かと思っていた。だが後に、それはわざとそう付けられたのだと知った。昔、事故で下腿を切断した際、義足を使用した時のことを考え、機能的に問題のない足首から先を逆向きに付けた。そうすることで、足首の関節がちょうど膝関節の代りとなるのだ。なるほど、理屈にはあっているが、見た目はどうにも不自然だ。理由が分かっても、何度かそれを目にしても、踵が前を、つま先が後ろを向いた足に、少なからずの違和感を覚える。
「この前の戦闘時にちょっとね。もう少し反応が速くなるよう、バージョンアップだ。ちなみに、我が愛機も入院中でね。牽引用のアンカーの具合がおかしくて」
声の下に、おどけるような笑いが含まれている。機械音声のくせに、表情が豊かだ。もし、そのことを知らずに聞いたら、こんな空々しい感情は持たないのかもしれない。滑らかに動く指先も、義手と知らなければ、男性の割には美しい手だと思うのかもしれない。だが、真実を知った上で見ると、どうしてもそこに偽りを感じてしまう。本物ではないと思ってしまう。差別するつもりなどさらさらないが、その感覚を全て拭い去ることができない。
多分、自分は他の人間より、歪んでいるのだろう……。
「それよりマーク、何かあったのか? 随分と浮かない顔をしてたぞ」
きっちりと、心配そうな色を含んだ機械の声を聞きながら、マークは思った。
だからきっと、こんなに苛立ってしまうんだ……。
「マーク、どうしたんだい?」
その親身な優しい声に、心の中で反発しながらマークは呟いた。
「デルドーマ星って、行ったことありますか?」
ジョルジュの手が、しばしの間、ただ空間に放置された。ようやく動く。
「突然、なんだい?」
「そこに、敵の拠点があるんですよね」
「うん、まあ、そう言われているようだが」
ジョルジュの手がよどみなく、ただし慎重に動く。
「撤退する敵を追跡レーダーが捉えた限りでは、ザント座標X=80、Y=45、Z=132にあるケートナ空域に本拠地があると絞られる。距離にして約20光年、いくつかの小惑星が散らばっているが、基地として利用できそうな大きなものは、数少ない。そのうちの、地球から最短距離にあるタウ・セチ恒星系のデルドーマ星が、最も有力視されている。されているが」
ジョルジュの手が止まった。虚ろにその手を見つめる、マークの顔を覗き込む。視線が合う。この目は本物だ。ジュルジュの瞳の奥に、探るような鋭い光があるのを見出し、マークは顔を背けた。義手がまた動く。