スターダスト                  
 
  第四章 外れ行くもの  
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「私に食ってかかるのは、筋違いよ」
 イライザは眉をひそめ、マークを睨んだ。腕を組み、顎を少し上げ、反るように胸を張る。相手の方に非があることを、言葉だけではなく態度でも示す。マークは返す言葉がなかった。
 分かってる。分かってるんだ。でも――。
 イライザの眉間の皺が、少し緩む。表情に、どこか哀れむような色が加わる。
「一体、どうしたっていうの? 何をそんなに熱くなっているの?」
 マークは、軽く唇を噛んだ。
 そうだ、そこだよ、問題は。逆にこっちがそれを聞きたいんだ。なぜいつも、そんなに冷静でいられるのかってね。いや、あんただけじゃない、みんなだ。みんながみんな、どうしてこうも、腑抜けでいられるのかって……。
「マーク?」
「いえ」
 吹き出し、溢れかけた感情を、マークは渾身の力で封じ込めた。意識的にイライザの目を避ける。白くのっぺりとした床に視線を置いたまま、マークは言った。
「すみませんでした。自分が間違っていました」
「……そう。なら、いいけど」
 声の裏に、言葉通りではない気持ちが含まれているのを、薄っすらと感じる。一礼をする。回れ右をする。逃げるように、足早にその場を去る。
 廊下を左に折れるまで、イライザの視線が自分の背を刺すような気がして、息苦しかった。角を曲がって、ようやく深い息を吐く。壁に背を預け、今度は大きく息を吸い込む。
 まずったな。当分、大人しくしてるつもりだったのに。
 西暦ニ八七九年に始まった、第十七次デルドーマ戦争は、四年目に突入していた。その間、戦闘は全部で百三回。長くて二日、短いものは一時間足らずの戦いだ。有人戦闘機が出動したのは、その内のわずか十八回。戦死者は三名。いずれも作戦遂行中、自機の操縦ミスによる事故死だ。みな、マークと共に出動した時の仲間だった。だがこの事実は、彼の出動と何ら確率的関連性はない。なぜならマークは、全ての作戦に参加してきたのだから。
 マークの戦績は優秀だった。撃ち落した戦闘機は百機を越え、第七監視衛星の死守、敵母船上に不時着した仲間の救出という、離れ業までやってのけた。功績を上げるたびに、面白いように昇進し、それに伴って給料も上がった。ちょっとしたレストランのコックよりは、多くもらっている。常に命の危険にさらされていることを考えれば、あまりに低い扱いだが、マークはそのことに何の不満も感じなかった。命の代償は、命を支払った時に貰えばいいことだ。無論、受け取るのはマークではなく、その身内、母となるわけだが。マークはそれでいいと感じていた。
 そんなことより、憤りに近いほどの苛立ちをマークに与えていたのは、戦闘そのものであった。敵がすぐ引いてしまうのは仕方がない。そこに文句を言っても無意味だ。だが、こちらもそれに合わせるように、その場限りの詰めの甘い攻撃を繰り返すのは、いかがなものか。システムの制御範囲を逃れ、悠然と真空の彼方へ帰っていく敵船の姿を、一体いつまで臍を噛みながら見送り続ければよいのか。
 深追いはするな――と上層部は言う。状況によっては、もちろん必要なことだ。味方の戦力が十分に残っていない場合や、逆に敵の戦力が十分に削がれていない場合。いずれも無理をすれば、手痛い反撃を受けることになるだろう。だが、圧倒的な戦果を上げ、後もう一歩で壊滅させられるという時にまで、追うことを許さないのは、理解に苦しむ。酷い時は、システム制御範囲内であっても、敵が撤退を始めた時点で、攻撃中止命令が下されるのだ。
 彼らは、何をやっているつもりなんだろう。戦争なんだぞ、これは。

 
 
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  第四章・1