さらに加速する。敵の射程距離ぎりぎりのところまで詰め寄る。詰めたところで左に振れ、距離を保ちながら平行する。撃ってこない。
冷静だな。それとも――。
マークはすっと自機を浮かせた。そのままスライドするように飛び、敵機の上を取る。間隔を狭め、敢えて射程内に入る。まだ撃ってこない。
やはり故障か。ならば。
マークはスピードを緩め、真後ろに付いた。飛び方から見て、エンジンの出力が安定していない。方向舵にも問題があるらしく、左にぶれてはそれを懸命に戻すといったあんばいだ。さて、どうするか。エンジン自体はまだ生きているから、アンカーで基地まで引っ張るのは無理だろう。となると……。
マークはレーダーを注視した。左前方に、直径五十キロメートルほどの小惑星を見つける。
よし、ひとまずあそこに。
マークは作戦を決めると、前方の敵機に狙いを定めた。イメージ通り、放たれたアンカーが敵の右翼を捉える。がくんという衝撃。激しくのたうつアンカーの先の物体が、絶命する前の最後の足掻きを試みる。
マークは出力を全開にした。強引に引っ張る。抵抗はあるが、事態を変えるほどの力はない。マークの目に、目標地点が映る。
マークはこのまま小惑星に着陸し、敵機に然るべき処置をして基地に戻るか、場合によっては、デルドーマ星人だけを自機に乗せて運ぶことをもくろんだ。ほとんど感じないほどの、軽い引力圏に突入しながら、着陸場所を選定する。
が、いきなりマークは、自機の制御能力を失った。何度も空中でもんどりうつ。
くっ、救助隊か。
駒のように回転する機体の中で、マークは敵を確認した。
三機……だけ?
渦を巻く視界の中で、アンカーの先の戦闘機が木端微塵に砕けた。破片が万華鏡のように、幾何学的な軌跡を描く。
くそ、逃がすか。
体勢を立て直し、マークはその殺し屋を追った。初めて見るケースだ。自爆し損ねた味方を撃ち落すというのは。だがその元を辿れば、マークの取った行動が初めてであったことに行きつく。こういうケースを、彼らは予想していなかったのだ。システム外の機体を、捕獲しようとする者がいるなどとは。
思えば、彼らは極端に捕獲されることを嫌っていた。自爆を強いるのも、それ故だ。捕虜になるということが、彼らにとってどれほどの屈辱を意味するのか。十分な編隊を組むことができないにも関わらず、それを差し向けてまで始末するほど、不名誉なことなのか。
マークには、さっぱり理解できなかった。しかし、今やるべきことは分かる。全速力で離脱を計る、三機のうちの一つに照準を合わせる。ふっとそれが右に振れる。軽く浮く。無駄のない動きで、狙いをかわす。
いい腕だ。
マークは心の中で呟いた。精神を集中させる。必ず来るであろう、一瞬のチャンスにかける。揺れる敵機と、自機との間に、一筋の糸が繋がる瞬間を待つ。
マークの機体から、レーザーが放たれた。敵機の左翼を貫く。バランスを失い、風に舞う花びらのように身を翻す機体に、アンカーを撃ち込む。そのまま小惑星に落下する。地表すれすれで機体を起すが、右の翼が突起した岩に触れる。捕虜の機体がまず先に、そしてマークの機体がしたたかに腹を擦りながら、地に降り立った。
やった!
胸の内で呟く。その胸が、賛同するように大きな鼓動を打つ。
やった、やったぞ!
興奮がおさまらない。心音が、かつてないほど外に漏れ出る。
マークは固定ベルトを外した。その時間がまどろっこしい。ハッチを開ける。戦闘機も地面も、しっかり止まっているはずなのに、体はまだ振動を感じたままだ。鈍った感覚のまま外に出る。そのまま、宇宙の孤児になろうとする寸前で、踏み止まる。焦る気持ちが、放射線防護服に付いている重力制御装置の作動を、マークの意識から忘れさせていたのだ。
慌ててスイッチを入れる。かけられた負荷が、マークを惑星の地面に吸いつける。そこで初めて、辺りが暗いことに気付く。メット部分に装着された灯りをつけながら、マークは舞い上がっている自分を諌めた。今からやらなければならないことを、頭の中でなぞった。
行動する。ゆっくりと目標物に近付く。計器を見る。中に確かな生命反応。機体から、有害物質が漏れ出ている数値は出ていない。機体温度も低い。爆発の恐れもない。
敵機に触れる。構造は分かっている。完全な形で手に入れたものはないが、破片から組み合せて作ったものが、基地に展示してあった。上部のハッチの縁に沿って、手を滑らす。小さな窪みを一つ見つける。そこを指先で押しながら、機体のサイド部分にある別の窪みに手をかけた。その奥にあるレバーを引く。
マークは軽く後ずさった。開いたハッチが、予想以上の力でマークを押したのだ。昆虫が羽根を広げるように、両サイドにハッチが上がる。その体の中身が、露わとなる。
いる――。
マークは震えた。自分と同じように、メットと防護服をつけている。思ったより小さい。かなり小さい。自分と同じくらいか、それよりも、もう少し小柄かもしれない。デルドーマ星人の体格に合った、マークのそれよりも幾分大きな戦闘機の中で、その小ささは強い不調和を醸し出していた。
向こうには、少年兵みたいなのが、あるのかな。
少し、同情的な気持ちになる。あの茶色い蟷螂のような顔を見ても、そう思い続けられるのか。定かではないが、少なくとも恐怖心はマークの心から消えていた。
強い好奇心が、マークを動かす。身を守るために銃を構えるべき手が、敵のメットに伸びる。自分の胸にうずめるように項垂れた、デルドーマ星人の頭に迫る。
がくんと大きくその首が振れた。メットの透けた部分がこちらに向く。その顔が、はっきりとマークの目に捕らえられる。
マークは凍り付いた。その瞬間の中に、封じ込められたかのように、動きを止める。デルドーマ星人の頭が小さく揺れ、閉じていた目が開かれる。じっとマークを見つめる。薄い黄茶の蛇の目なんかじゃない。マークと同じ、青い瞳だ。
血が逆流する。その流れが、マークの心の底にあったものを押し上げる。自分でも理解できない言葉を、マークは口から零した。
「父さん……」
マークは意識を失った。