「だが、はっきりと断定はできない。その向こうのファンレム星かもしれないし、さらに先の惑星かもしれない。レーダーの追跡範囲は20光年までだから、ひょっとしたら、その後大きく方向を変え、別の空域に退却している可能性もある。デルドーマ星人なんて当たり前のように呼んでいるが、実際彼らがどこから来ているのかなんて、誰も分からない。まあ、そんな」
「なぜ」
機械の声にマークの声が重なった。ジョルジュのキーボードを叩く手と、その発声の間には、多少のタイムラグがある。マークの声に義手は瞬時に反応したが、機械音は最後まで言葉を吐き出した。
「ところかな」
「誰も確かめないのでしょう」
機械を無視して、マークは続けた。
「なぜ、そこに攻撃をしかけないのでしょうか?」
「…………」
「なぜ、誰も本気で、この戦争を終わらせようと思わないのでしょうか」
短くない静寂だった。ジョルジュの手が二度、三度、キーボードに触れては離れ、立ち止まる。とまどい、迷う。ようやく、ゆるゆると動き出した手が紡いだ言葉は、マークの予想した通りだった。
「そんなこと、僕に聞くのは筋違いだよ」
失望はなかった。ジョルジュがマークの望む答えを持っているとは、思っていなかった。なのに、ぶつけてしまった。己の不満を己自身にぶちまけるだけでは気が済まず、無益な会話をしてしまった。ジョルジュもいい迷惑だったろう。こんなに困惑しきった顔をして。
「すみません」
マークはジョルジュの顔ではなく、手を見つめて言った。
「変なことを言って……気にしないで下さい」
「……いや、それは別に、構わないけど」
ジョルジュの手が、また少し迷う。
「ただ……それを、他の誰かに言うのは、感心しないな。特に、上層部には」
もう、遅い――と、心の中で呟く。
「地球防衛軍は、あくまでもその目的のためにしか動けない。これは、単に対デルドーマだけの問題ではなく、地球の内なる場合にもあてはまる。いかなる組織の軍であれ、自衛目的以外に、それを持つことは許されない。その大前提を否定するような意見は……」
分かっている――と、さらに呟く。
分かっていても、止めることができないんだ。
「いいかい、マーク。ただでさえ、君は上に目をつけられている。この前の戦闘で、システム範囲外に逃れた敵機に向かって攻撃をした事件を――」
「あれは、単純なミスです。ちょうど境界線上にあると、誤った判断をして」
「そう、君はそう言った。上層部も、それを受け入れた。だから処分は、三ヶ月の停職だけで済んだ。でも……」
指が止まる。ジョルジュの視線が、自分に注がれているのを感じる。それが、どれほどの鋭さを持っているかが分かるので、顔を向けられない。
そんなマークを、作り物の手が責める。人形として、機械として、本来の無機質な冷たさで、微動だにせずマークを責める。堪りかねて、マークは動いた。ジョルジュの険しい視線の前に、その顔をさらす。
「僕にはね、マーク」
幼子を諭すように、声が和らぐ。その変化に警戒する。
「僕には、そう見えなかった」
額に薄っすら汗が滲む。ジョルジュの目に捕らえられたまま、瞬き一つできずにその目を見返す。
「君があんなミスをするなんて、僕には思えなかった。君ほどの腕の持ち主が、あんな――」
不意に、マークは緊張から解放された。鳴り響くサイレンの音が、ジョルジュの目を泳がせたのだ。
「トルマン空域において、敵母船確認。ガードコニカリー・システム、レベル12、作動!」
息をのむ。アドレナリンが一気に上昇するのを感じながら、マークは次の言葉を待った。
「緊急事態に備え、ホイット、ダンノバ、ティオメスの各戦闘機に出動を命じる! 各機、ただちに出動せよ! 繰り返す。ホイット、ダンノバ、ティオメスの各戦闘機は、ただちに出動せよ!」
「また、ご指名だな」
口元だけに笑みを浮かべ、ジョルジュが言った。その横で、マークは胸を撫で下ろした。もしかしたら、さっきのイライザとの一件で、外されるかもしれないと案じていたのだ。
「まったく、君という人は」
声にも苦笑の色が混ざる。
「出動命令が、そんなに嬉しいのか?」
マークはジョルジュを振り返った。ああ、そうさと笑顔で答える。ジョルジュは笑った。
「だったら、なおさら注意することだ。言動にはね」
それには答えず、マークは踵を返した。
今はただ――。
突き上げてくる幸福を満たすためだけに、マークは駆けた。