「誠斎伊東甲子太郎と御陵衛士」
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赤報隊に帰京を命じる沙汰書。旧御陵衛士の三樹三郎率いる二番組と油川錬三郎率いる三番組は、命令に従って、綾野小路侍従とともに帰京した。帰京後、旧御陵衛士の三樹・新井・篠原は捕縛されて大津に投獄されたが、やがて薩摩藩お預かりとなった。一方、相楽総三の率いる一番組は、帰京せず、官軍先鋒嚮導隊を名乗り、年貢半減令(こちら)を掲げて進軍を続けたが、下諏訪で東山道総督府に「偽官軍」として全員が捕縛されてしまう。ろくに取り調べを受けぬまま相楽ら8名は斬首され、首は刑場に晒された。年貢半減令をひそかに撤回した新政府の政治的犠牲になったといわれている。 |
(2007/5/17) |
注:鈴木家所蔵の古文書から解読しました。この書簡の解読については、西宮市郷土歴史資料館の江藤氏にご協力をいただきましたm(..)m。なお、句読点は管理人が任意につけました。 |
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「誠斎伊東甲子太郎と御陵衛士」