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元治元年3月14日(1864年4月19日)
【京】参豫会議解体:松平容保・島津久光の参豫辞任が許可される
【京】越前藩、外国新聞の春嶽の開港上書案報道の事実を以て
守護職辞任の理由とすることを決定(ただし、誤報)

☆京都のお天気:晴(久光の日記より)
■参豫会議解体−朝廷参豫会議の廃絶
【京】元治元年3月14日(1864年4月19日)、朝廷は会津藩主松平容保(軍事総裁職)及び薩摩藩国父島津久光及に対し、朝議参豫を解免する旨達しました。ただし、御用の説は参内するようにとの沙汰でした。

参考:『七年史』、『玉里島津家史料』三p756(2002/4/25、2010/5/1)
関連:■テーマ別元治1「参豫会議解体

■春嶽の守護職辞任
【京】元治元年3月14日(1864年4月19日)、越前藩は、横浜の外国新聞の春嶽の開港上書案報道の事実を以て守護職辞任の理由とすることを決定しました(ただし、誤報)。

越前藩では13日に守護職辞任を内決していました(こちら)が、相当の理由を得る必要があると考えていました。そうした折、神奈川刊行の外国新聞(日本貿易新聞44号)が、越前藩士と久留米藩士の開国に関する議論の筆記を、春嶽の建白書(案)と誤って報じたことが伝わりました。建白書は開国を是とするもので、朝幕の方針に反するものでした。越前藩ではこの建白書を辞職理由にすることに決めました。

関連:■テーマ別元治1 「春嶽の守護職就任・辞任

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