[AM9:50 若駒寮・食堂]
トレセンの独身寮『若駒寮』。男女一緒だけど、残念ながら(?)篠崎くんはここではなく、東屋厩舎の2階で暮らしている。一度はここで一緒に朝ごはんでも食べたいけど……そんなことを考えながら、私は食堂の入口をくぐった。
と……そのとき、食堂にいた20人ほどの中に、懐かしくて意外な人を見つけた。
「長瀬くんじゃない! お久しぶり!」
私は彼のもとへ走っていき、そう声をかけた。
長瀬健一くん。私や篠崎くんと同期のジョッキーで、競馬学校時代からの仲よしだ。あんまり自分からみんなと仲よくしようとするタイプではないけど、その分私たちを外側から見て鋭い指摘をしてくれたりする。6月の半ばから北海道の競馬場に遠征中で、本来なら来週までトレセンには帰ってこないはずなのに……?
「よう、しばらくぶり」
長瀬くんは私に笑いかけ、そして自分の隣の椅子を引いた。座れ、ということだろう。
「ありがとう!」
疑問もあったけど、親切を受け取る方が先。私は大きな声で答え、彼の隣に座った。
「それにしても、あなたがここにいるなんて。ね、いつ帰ってきたの? なんでいきなり?」
「俺が昨日呼び戻したんだよ。今日、篠崎の誕生日パーティーをやろうと思ってさ」
長瀬くんの向かいで一緒に食事をしていたもうひとりの同期仲間、片山伸くんが、彼に代わってそう答えた。彼も私たちの同期生。その明るさと親しみやすさ、そして「かたやま」と「かつらぎ」でいつも隣だったのがきっかけで、競馬学校に入学して最初に仲よくなった男の子が彼だった。
「篠崎くんの!? そのためにわざわざ北海道から戻ってきてくれたの!?」
私は心から嬉しくなった。彼らの存在を、とても大切で輝かしく感じた。
今日はトレセン全休日の月曜日。確率7分の1で誕生日がその日に当たったのが幸いした。今日は楽しい日になりそう。
「ああ。あいつ、昔から俺たちのこと苦手そうにしていただろう。だから、このあたりで『俺たちはお前と仲よくしたいんだ』ってわからせようとして、片山が企画したんだ。……そうだよな?」
長瀬くんが片山くんを見る。私も同じ方に視線を向けた。片山くん……その名前は、わかるようでもあり、不思議でもあった。
「そういうことさ。君ならわかるだろ? 俺のこういう気持ち」
「うん」
私たちはうなずき合った。
私が篠崎くんを好きだということは、彼本人以外の同期生全員が知っている。さらに片山くんは、私と同じように篠崎くんの「孤独さ」を気にして、普段からあれこれと世話を焼いているのだ。だから、片山くんが私の気持ちを読めるのは、別におかしなことじゃない。
でも、当の篠崎くんはというと、なぜか昔から片山くんにだけ強い苦手意識を持ち続けている。今日のパーティーをきっかけに、もっと歩み寄ってくれないかしら……。
……どうも私は、何かを願うことが多くていけないわ。自分でどうにかできることなのに。
「……ところで、当然君も来てくれるよな? このパーティー」
その片山くんがたずねた。私は答えた。
「もちろん!」
「よかった。じゃ、あいつに話がついたら改めて電話するから、それからトレセン近くの『Thrilling
Love』ってカフェレストランに来てくれ」
「『Thrilling Love』ね」
「ああ。……あ、そうだ」
手をポンとたたく片山くん。
「ちょっとお願いなんだけどさ、どうしても俺が篠崎を誘いに行きたいんだ。だから、もし今日どこかであいつに会っても、パーティーのことは言わないでくれよ」
「うん、わかったわ。もし会っても内緒、ね」
これも、彼の「篠崎くんと仲よくしたい」気持ちからなんだろう。私はしっかり納得した。
「……桂木、お前、メシまだか?」
とそのとき、隣の長瀬くんが私を見てそう言った。
「まだよ。だって、すぐあなたたちを見つけてここに座っちゃったから」
「じゃあ、遅くならないうちに取ってこい」
「そうね。じゃ、ちょっと待ってて」
私は、ふたりを残してキッチンへと向かった。