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[AM9:50 北ブロック]

……東屋厩舎がある、美浦トレセン北ブロック。そこにある1本の木の下にぼんやり立ち、ぼくは考えていた。

『その態度を改めないと、今に誰からも相手にされなくなるぞ!』

東屋先生の言葉だ。
わかっている。
ぼくは他人に無関心だし、言動も消極的。
「弱気なのにツヨシ」と昔から散々からかわれてきたくらいだ。
騎手を続けていく上で大いにマイナスな性格なのも、よくわかっている。

このままじゃいけないとは思う。
それを気づかって、東屋先生もこの試練を課したのだろう。

でも……。
自分から誰かを誘って遊びに行くなんて、ぼくの一番苦手な行動だ。
どうすればいいんだろう……。

ぼくの稀薄な人間関係の中で、この試練に乗ってくれそうなのは、同期の3人くらいだ。
彼らの誰かに事情を話して頼むしかないかな。
さて、誰がいいだろう。

……まず、片山伸は問題外だ。
あんな「人にちょっかいを出す」ことしか能のないやつは、絶対選びたくない。
となると、やはり桂木さんだろうか。
彼女は友好的でお祭り好きな人だ。遊びに行こうと誘えば、喜んで来てくれるだろう。
ただ、心から楽しんでくれるかどうかは自信がない。
それに、こんな理由で女性に声をかけるのはどうも気が引ける……。
残るひとりは、なぜか昨日いきなり札幌から帰ってきた長瀬だ。
少々不自然かもしれないが、カニとホタテをもらったからという口実で誘うことはできる。
彼ならまあ親しい方だし、いいかもしれない。
だけど、そんなに簡単に決めてしまっていいのだろうか……。

結局ぼくは、一歩を踏み出すことができずに、その場にとどまり続けていた。
つまるところ、積極性がないという理由に回帰してしまうのだ。

……頭上から、葉擦れの音が降ってくる。今はにぎやかな葉も、あと何ヶ月もしないで落ちていくことだろう。
まだ暑さは消えないのに、気分だけが秋に近づいて沈んでいく。夏の終わりは、間違いなく1年で最も寂しい時期だ。
そして、そんな季節に生まれたぼくもまた……。

 

 

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