[PM0:00 中心部の私道]
いつも通りのTシャツとジーンズに着替え、お気に入りのバイクに乗って、あの海へ向かってトレセンを出ようとしていたときだった。前から、ゆっくりと誰かが歩いてくる。それは……。
「長瀬くん!」
バイクを止めて呼びかけると、長瀬くんはびっくりしたように顔を私に向けた。
「ああ……どうした? どこか遠くへでも出かけるような恰好じゃないか」
彼は、私のバイクを見てたずねてきた。
「えっ? 片山くんから話行ってない?」
「悪い、ちょっと昼前からバタバタしててな」
ハードボイルドの主人公のように、苦い顔をして髪をかき上げる長瀬くん。何があったのか気にはなったけど、彼は人に構われるのが好きじゃないタイプだから、聞くのはやめておこう。それより、不参加の話をしておかなきゃ。
「そう。……実は私、パーティー出られなくなっちゃったの」
「出られなくなった……?」
長瀬くんは目を見開いた。それはそうだろう。この私が篠崎くんの誕生日パーティーを欠席するんだもの。
「何も知らない篠崎くんに遊びに誘われて、断れなくて。彼にはパーティーのことも言えないし……ごめんね」
私は、両手を合わせて心からお詫びした。本当にお詫びするべきなのは企画者の片山くんかもしれないけど、長瀬くんだって、私ひとり欠けたことで調子が狂うかもしれない。
「どうすんだよ、お前。主役をひっぱり出しちまって」
その長瀬くんは、また苦い顔になった。私は明るく言った。
「あ、それは大丈夫。彼、厩舎の留守番をさせられちゃって、私が先に行って向こうで彼を待つことになったの。来るまでいつまでも待つって言ってあるから、私には遠慮しないで3人でパーティーしてあげて」
「物好きなやつだな」
「愛の力は偉大だ、って言ってよね」
私の言葉に、普段あまり笑わない長瀬くんも静かに笑った。やっぱり、人は笑顔が一番。そう思うと、私も自然と同じ表情になった。
「まあいい。そのことは片山も知ってるんだな?」
「うん……あ、参加できない理由、言うの忘れちゃった。言っておいてくれると助かるんだけど」
「それくらいはお安いご用だ。ところで、行き先はどこだ? 他人のデート先を聞くなんて野暮かもしれないが、報告のために一応な」
「……海よ。サマーキャンプに行った、あの海。彼がそこに行きたいって言ってきたの」
ちょっと迷って、私は素直に言った。
「あそこか……」
長瀬くんの声が低くなる。……彼も、あの日のことを今でも重く受け止めているらしい。私たちの間に、静かな緊張感が走る。
「よし、わかった。なるべく早く篠崎をそっちに行かせるようにしよう」
「ありがとう。でも、焦らなくていいからね。それじゃ」
気まずくならないうちに、私は長瀬くんに別れを告げてバイクを走らせた。
……長瀬くんから離れると、私は携帯の電源を切った。篠崎くんが海岸に来てくれるまで入れないつもりだ。
『都合が悪くて行けないから、帰ってきて』
そんな言葉は聞きたくなかった。
本当にわがままになるのね、人を好きになると……私は、そう考えながらトレセンを出た。