[AM11:00 寺西徹次厩舎・外]
俺は、何気なくポケットから自分の携帯を出した。
これには、真理子ちゃんや篠崎や長瀬、寺西先生や厩舎、その他親しい人間の携帯の番号がすべて登録されている。
使用頻度が高いのは長瀬に寺西先生、あと厩舎関係だ。
朝食のとき長瀬に言ったように、気が引けるからあまりやらないが、それでも真理子ちゃんの携帯を鳴らすことはあるし、彼女からかかってくることも少なからずある。
しかし……篠崎は大抵電源を切っているし、かかってもディスプレイ表示で俺だとわかるため、絶対出てくれない。当然、やつの方から俺のこの携帯にかけてくることなんかあるわけがない。
なぜ……と思ったそのとき、突然その携帯が鳴り響いた。ディスプレイには……。
『桂木真理子』
真理子ちゃんだ……!
俺は心を落ち着け、鳴り出してから5秒ほどで、平静を装って出た。
「はいはい、真理子ちゃん。どうしたんだ?」
『実はね、ちょっと都合が悪くなって、篠崎くんのパーティーに行けなくなっちゃったの。残念だけど、私は不参加にしておいて』
「ああ……そうか。それは仕方ないね」
唐突な話だった。俺は、本当に残念そうに答えた。
『本当にごめんね。今度、必ず埋め合わせするから……』
「いや、いいんだよ」
彼女と篠崎の仲を進展させないようにするには、彼女は不参加の方がいい……密かに望んでいたことが現実になった俺はほっとし、そして、そんな醜い気持ちを抱いてしまった自分にため息をついた。
何を考えてるんだ。もう絶対妨害しないと誓ったはずなのに……。
『あ……じゃあね。用件はそれだけだから』
……引き止める間もなく、彼女からの電話は切れた。
どうやら俺は彼女にとって、口実を作ってまで話を引き延ばしたいほど魅力的な男ではないらしい。
そんなのは、もうとっくにわかっていたことだが……。
携帯をポケットに戻すと、俺は掃除の続きに取りかかった。
やはり感じてしまう、少しの絶望感とともに。
……俺はいったい、どうすればいいっていうんだ……。
誰か、俺を助けてくれ……。