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[AM11:40 東屋雄一厩舎・大仲部屋]

ひとりになると、ぼくは自分の携帯を取り出した。
……桂木さんに連絡を入れたあと、どうすればいいだろう。
当然、東屋先生の試練はなくなったわけではない。となると、先生が帰ってきたあとで一緒に出かけてくれる誰かを、今のうちに探しておかなければならない。
誰か……。
別に同期に限るわけじゃないけど、何だかんだ言って、こんなことをすんなり受け入れてくれそうなのはあの3人以外にいない。桂木さんと長瀬を除くと……残るはただひとり、あの騒がしい片山
まいったな……。
あいつなら、誘いには乗るだろう。そして散々騒ぎまくり、ぼくを滅入らせるのと引き換えに楽しい時間を過ごすことと思う。それを考えると、あいつを連れてゲーセンかボーリングにでも行くのが正解のような気もしてくる……。
……やめた。
ぼくにだってプライドがある。好きでもないやつとの「親友ごっこ」なんて、絶対したくない。やはり、やつ以外の誰かを懸命に探そう。
そう決めると、ぼくはようやく携帯を操作し始めた。

……呼び出し音2回めで、桂木さんは出てきた。
『はい。篠崎くん? どうしたの?』
「いや、実は……今厩舎に誰もいなくて、留守番しなきゃいけなくなっちゃったんだ。あと1時間くらいしないと、誰も帰ってこないらしい」
『そうなの……』
彼女は、さも残念そうに言った。
「ああ。だから……」
『大丈夫。いくら私が短気だって、それくらいは待てるわよ』
「えっ……」
ぼくの誘いなんか、断りたかったんじゃないのか? ……という心を見透かしたように、彼女は話し出した。
『あのね、篠崎くん。言っとくけど私、いやなんじゃないのよ。今だって、何着てこうかなーなんて考えてたところだったんだから』
今度は、ごまかしには聞こえなかった。
「……本当に?」
『もちろん! あなたのお誘いなら、いつでも何があっても最優先よ!』

……その言葉は、ぼくの孤独な心に、痛いくらいに染みた。
嬉しさと同時に、彼女を疑ってしまった罪悪感も込み上げてくる……。

「桂木さん……ありがとう」

ぼくは、心から言った。
そして、そんな気持ちの中でぼくは、彼女のためにできることをひらめいた。
「そうだ。それなら、君だけひとりで先に、あの海辺に行っててくれないかな」
本当は一緒がいいけど、ここは彼女の気持ちを一番に考えよう。
『え……どうして?』
「一緒に出かけるところを見られたりしたら、誤解されるとか、いろいろ不都合もあるだろうし。もちろん、できる限り早く追いかけるし、例えどんなに遅くなっても必ず行くから」
曖昧にならないように、はっきりと言った。これが中途半端な気持ちでないことを伝えるために。
『うん……わかった。来てくれるまで、ずっと待ってるからね』
彼女の返事には、優しさがこもっていた。
「ありがとう。それじゃ……」
だからぼくも、さっき以上に心を込めて言い、そして携帯を切った。

 

 

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