26号 2002年2月 環境ホルモン

 

 2001年12月15日、各地地方新聞(長野県では信濃毎日新聞)にて、「歯科材料から環境ホルモンが溶出?」などと題した記事が掲載されました。これは、「内分泌撹乱化学物質問題に関する国際シンポジウム」にて、大阪大学歯学部歯科保存学教室が発表した内容の一部のみが、センセーショナルな見出しとともに発表されたことによります。

 

環境ホルモンとは

 環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)とは、その名付け親である井口泰泉教授(横浜市立大学)によると、「体内のホルモン受容体に結合し、体内の機能を撹乱させる化学物質」のことです。すなわち、環境ホルモンは体内では生産されえないものなのです。

そして、このほとんどが女性ホルモンであるエストロゲンと同様に働くので、生態系では、メス化、精子の減少などの生殖器の発育・機能異常が多く確認されているようです。

環境ホルモンとしてあげられる物質は、ダイオキシン、ポリ塩化ビフェニル(PCB)、ビスフェノールA、農薬のDDT、船底塗料に使用されるトリブチルスズ(TBT)などです。

 

日本での報道

 環境ホルモンが、日本において社会的な関心を呼び起こすことになった発端は、NHK衛星放送が「精子が減っていく―脅かされる生殖機能(BBCセレクション)」を放送(1996年10月6日、1997年3月30日再放送)したことに始まります。

その後、NHK教育テレビ「なぞの汚染源・環境ホルモン」(1997年5月17日)、NHK総合「生殖異変・忍び寄る環境ホルモン汚染」(1997年11月21日)、NHK教育「急がれる“環境ホルモン汚染”対策」(1998年1月31日)と続きました。

NHKでは、1998年11月21日までに、環境ホルモンに関し8回の特別番組を放映しましたが、そのうちの半分の番組で、歯科材料からビスフェノールAが唾液中に溶け出すことが取り上げられました。

 

ビスフェノールA

 むし歯の治療に用いるプラスチック製の詰め物を、コンポジットレジンといいます。確かに、ビスフェノールAはコンポジットレジンの原材料ではありますが、成分として添加していないのはもちろん、純度の高い材料から作られたコンポジットレジンからは、通常の分析法ではビスフェノールAは検出されていません。そして、もしコンポジットレジンからビスフェノールAが唾液中に溶け出したとしても、大部分が数日中に便と尿中に排出され、体内に蓄積されにくいといわれています。

 コンポジットレジンよりも問題になるのが、入れ歯の材料のひとつであるポリカーボネート樹脂というプラスチックがあります。ポリカーボネート樹脂とは、コンパクトディスク(CD)を代表とした電気・電子分野や、カメラ部品、車両や自動車分野などで使用され、プラスチック製の哺乳びんや食器、缶詰や飲み物のパッケージの裏打ちにも使用されています。このポリカーボネート樹脂は、温めるとビスフェノールAが溶け出すことがわかったため、多くの自治体で、学校給食用の容器がこのポリカーボネート樹脂製品から、金属製品や陶器製品などに変更になりました。このポリカーボネート樹脂は、現在も入れ歯の材料として保険適用(厚生労働省認可)となっていますが、当院でも現在は使用を中止しております。

 

紫外線吸収剤

今回話題になったのは、ビスフェノールAではありません。HMBPという紫外線吸収剤です。日焼け止めクリームの有効成分で、コンポジットレジンが黄色く変色することを防ぐために添加されている材料です。このHMBPが溶け出すと、女性ホルモンのような働きを発現することがわかったのですが、日本の製品においては使用すらされておらず、外国製品でも、人でリスクがあると考えられる量の1億分の1にしかならないとのことです。

 

リスクとベネフィット

 リスクのある薬品や材料を使った治療は避けたいものです。しかし、現実にはリスクの全くないものなどないに等しいのです。いわゆる“かぜ”をひいたとき、安易に飲んでいる抗生剤でさえ、副作用のないものはありません。ですから、リスクとベネフィット(利益)を考えて、薬品や材料を選択していく必要があります。

一度削ってしまったは、二度と元には戻りません。むし歯で失った歯を補う人口材料には、金属やセラミック(陶材)もありますが、コンポジットレジンのように直接歯に接着する材料はありません。詰めるタイプの金属もありますが、通常、金属やセラミックを用いた場合は型を取ってくっつけるので、むし歯でない部分も削らなければならず、しかも治療回数は最低でも2回かかります。できるだけ歯の健全な部分を削らず、たった1回の治療回数で、歯と同じような色の、しかも直接接着する材料は、コンポジットレジン以外ないのです。

環境ホルモンはもちろんあってよいものではありませんが、魚介類や肉、缶詰食品、缶飲料、野菜のほか、塗料、洗剤、化粧品、プラスチック容器などの生活用品に比べれば、歯科材料に含まれる環境ホルモンはごくわずかです。

最後に、最初にご紹介した井口泰泉教授のお言葉を引用させていただきます。 「しかし、あまり神経質になり過ぎることもありません。神経質になることの弊害のほうが大きいでしょう」(文芸春秋1998年5月号

 

 

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