蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第七章 エルティアラン(3)  
      第七章・2へ  
 
 

 

      三  

 細い階段。遺跡の北東の角から南へ向かって下るこの階段は、途中まで金茶色の石で作られている。その先は、壁と同じ赤茶色。発見された時はこの部分しかなかった。階段の上部はごっそりと崩れ落ち、土と同化していたのだ。金茶色の部分は、この遺跡の発見者、ディルフェルの手によって作られたものであった。
 その二色の階段を下りきると、正面に壁が立ちはだかる。左も同じ。道は、大きくくりぬかれた右側の壁の向こうに広がっていた。そこに扉が取り付けられていた形跡はない。かなり分厚い壁で、上部はなだらかな曲線を描いている。
 ティアモスは自分の頭上、さらに人一人分を足した高さにある天井を見上げるために、ランプを少し掲げた。前方に伸びる真っ直ぐな通路が、揺らめく光の中に浮かび上がる。遺跡の真ん中を、東から西に貫く道だ。ゆるりとその通路に、一歩を踏み出す。
 この地下層には、全部で二十八の部屋があった。南北に四室、東西に七室。それらは整然と並び、各部屋は十字の通路で仕切られていた。部屋にはそれぞれ番号が付いており、西北の角、ディルフェルの壁を有する部屋が第一室。そこから東へ順に第七室まで。第八室は第一室の向かいに位置し、この列も同様に東端の第十四室まで部屋が連なる。以下も同じ並びで、第二十八室は西南の角となっていた。各部屋の出入り口は、ただ壁を四角くくりぬいたただけで、それぞれの部屋に一つずつあった。北端から一列目、二列目の部屋は、互いに通路を挟んで向かい合わせに開いており、三列目、四列目も同様であった。即ち、今ティアモスが進む真ん中の通路には、部屋への出入り口がないことになる。
 所々、表面が大きく崩れた壁を左右に見据えながら、ティアモスは進んだ。そして、最後の十字路で立ち止まる。持っていたランプの灯りに手を翳し、光を遮断する。息を殺し、そっと左方を伺う。ここを左に折れれば、すぐ右が第十五室となる。遺跡調査団長マスクモールが、地下を掘り進めるために選んだ部屋だ。入り口は、その先の通路を右に回り込んだ所にある。そこから灯りが漏れている様子はない。音もない。すでに時は、夕の日より朝の日の方に近い。さすがに誰も残っていないようだ。
 ティアモスは深く息を吐くと、それでも灯りを隠し、足音を忍ばせながら十字路を右に折れた。そしてさらに左に折れる。視界の両端に、大きな穴の開いた壁が映る。
 懐に手を入れる。そこにあるものをつかむ。そのままぐっと背筋を伸ばし、勢いをつけて、右側の壁穴、第一室の入り口をくぐる。ほんの一時、呼吸が止まる。
 何も、起こらない――。
 深く安堵の息を吐き出しながら、ティアモスは灯りを掲げた。他の部屋と何ら変わらぬ、赤茶色の空間。ただの土壁に覆われた殺風景な部屋。だが一つだけ、明らかに違っているものがある。無数の小さな引っかき傷に覆われた壁、ディルフェルの壁だ。過去から現在に至るまで、一体どれほどの人間がこの壁に挑んだのか。欲望のままに傷つけられた壁は痛々しく、同時にどこか威圧する風にも感じる。たとえどれほど痛め付けられようとも、断じて踏み入ることは許さない、許しはしない――。
 無秩序に付けられた傷が、まるでこの壁の思念のようにも思え、ティアモスはしばし囚われたかのように壁を見つめていた。
 つと、無意識のうちに懐で弄んでいたものに、爪が当たる。その感触と、こつんという小さな透明な音を耳に覚えて、ティアモスは表情を強張らせた。急いで呪文を唱える。
 考え過ぎだ。でなければ考えが足りないのだ。恐れることはない、根も葉もない伝説など。

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第七章(3)・1