蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十一章 義と約と(3)  
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「姿形に止まらず、記憶の全てをも写し取るらしい。そしてそれを元に、思考を構築する。本物と同じように考え、行動する。だが、所詮は偽者。心の核になる部分が違う。それとも、その核がないと言った方がよいか。外と内とが違うため、事の本質を見誤る。我らにとって約とは何か。戦場を共にしたものであれば、おのずとそれは分かる。約とは命を賭して守るもの。それは、約を果たすという意味だけではなく、その内容を守るという意味も持つ。大事な約を、むやみに口の端に乗せるのは、自ら危険を呼び寄せるのと同じこと。私の知る王であれば、それを果たすまで、中身を決して言葉にしたりはしないだろう。たとえ、私と二人きりであったとしても」
 確かに。
 ミクは心の内で頷いた。戦場では、どこに敵が潜んでいるか分からない。重要な事柄を、やたらと言葉にするのは命取りだ。記憶をコピーしたとなれば、偽王も、その辺りを理解していたはずだが。実体験のなさが、軽んじる結果となったのであろう。あるいは、レンツァ公の言う通り、心の核の違いか。
「その一点さえなければ、完璧だったのにな。もっとも――」
 シオの表情が険しくなる。
「すでにやつは多くの矛盾を抱え始めた。私を無理矢理ここに連れてこさせておきながら、強制はせぬと言ったのが良い例だ。己の目的と、借り物の思考が一致しない。その隔たりが、言と動の間に大きな亀裂を作る。いずれこのほころびは、万人の目に明らかとなるだろう。ただしそれを待っているわけにはいかない。オルモントールへの進軍を、すでにやつが決めている以上」
「なんと」
 ロンバードは唸った。
「あの偽者がそんなことを。アルビアナ大陸全体を、火で包む気か」
「おそらくは」
 長い衣を揺らして、シオはロンバードの方に向き直った。裾が、風を含んで柔らかくうねる。
「そこでだ、ロンバード殿。あらためて貴殿にお願いしたい。私を王の元へ案内して下さい。わが友、アルフリートの元へ」
「……シオ殿」
「ティトの手前、逃げるわけにはいかないのでね。義と約とを、果たさねばならぬ」
「……はっ」
 深々とロンバードが頭を垂れた。その横で、ティトが飛び跳ねながら囀る。
「安心して下せえ、旦那。ちゃんとガシューを用意した。ガシューで旦那を連れて行く」
「うむ。世話になるぞティト。で、ガシューはどこにある?」
「あっちに四頭、つないである」
「四頭?」
 ミクは小声でロンバードに尋ねた。
「ガシューとは?」
「大鹿です。キュルバナンの民が、山を移動する際によく使うのです」
「馬では大き過ぎるからな」
 シオが話に加わる。
「だがガシューでも、彼らにとってはかなりの大きさだ。だから三人で乗りこなす。見事なものだよ、その手綱さばきは」
「そうだ。だから向こうにタナとヨグロもいる。ガシューと一緒に待っている」
「よし、では急ごう。おっと、そうそう」
 前にかかった重心を押し戻しながら、シオがロンバードを振り返った。
「一つロンバード殿に話しておかねばならぬことが。城で聞きかじったのだが、ヴァザフス様ご一家は、今もお変わりなくお過ごしとのこと」
 ロンバードの表情が一瞬強張り、すぐにそれが氷解した。
「……公」
 そう呟くと同時に、また深々と頭を下げる。その姿を見ながら、シオが静かに語る。
「どうやら貴殿のことは、まだ内密となっているらしい。確かに、あのベーグ・ロンバードが反旗を翻したとあれば、その動揺は計り知れないからな。軍においても、民においても」
「……シオ殿」
「だが、そなたの名で娘御を守るにも、限界があろう。急がねばな」
 シオの衣がひらりと翻った。
「行くぞ、ティト」
「ちょっと待った」
 踏み出したシオの足にしがみついて、ティトが叫ぶ。
「旦那は後だ。二番目だ」
「二番目?」
「女が先だ」
 ぷっくりとした手で指差されたミクが問う。
「私が――先?」
「そうだ。お前、女だろ。旦那は男だ。そっちのやつも男だ。ご婦人には親切にせねばならない。ご婦人を待たせてはならない。だから女が先だ。来い、案内してやる」
「ふっ」
「ははっ」
 愛くるしい口の悪い紳士に、三人は思わず吹出した。その軽やかな音が、しんとした夜に溶けていく。繊月が、銀の粉をとうとうと地上に降らす。
 闇の中に浮かぶ城は、まだ深い眠りの中だった。

 

 
 
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  第十一章(3)・6