蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十八章 水の民(3)  
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      三  

 血の匂いが混じる水の中で、テッドは喉につかえたものを飲み下した。胃の奥から遡ってきたことを示す、酸味のある刺激が口の中に広がる。たまらず吐き出したくなる気持ちを、胸倉を鷲づかみにすることで収める。あっと言う間にどす黒く汚れた視界を、きっと睨む。
 狩は鮮やかなものだった。単純に技術として、知恵として優れたものだった。事前に獲物の生息地を調べ上げ、その上で包囲網を敷き、彼らの行動範囲を狭めていく。念には念を入れ、万が一の際の逃げ道も断つ。人とは異なる体の構造を持つヌンタルは、水の中で十五分近く息を継ぐことなく泳ぎ回ることができる。その一呼吸の長さ、そして人より遥かにスピードのある泳ぎを考慮して、半径六キロメートル以内にある水溜りに油を注ぎ、火で塞いでいくのだ。ただし、全てではない。二つか三つ、綺麗なままの水辺を残す。そこに罠を仕掛け、待ち伏せする。
 いくら退路を断ったところで、水の中での追いかけっこは人に分がない。よって彼らは大きな木樽に重しをつけて、次々とそれを水中に沈めた。樽の中に残る空気で息を繋ぎながら、水底の岩陰に身を潜める。何も知らず、通り過ぎようとしたヌンタルに、銛を突き立てる。仕留め損なっても構わない。ここでの役目は、ヌンタルを混乱させることにあるのだ。
 パニック状態になった獲物を、巧みに追い立てる。逃げ惑う先には網が仕掛けてあった。水深約一メートル。荒い網目だが、ヌンタルの体一つを通すまでの大きさはない。そこから伸びるのは、空気と自由とを求める何本もの腕。やがてそれは力尽き、網に絡め取られるか、深く水底に沈むかの運命を辿る。後は商品となる背びれを傷つけぬよう銛で刺し、引き上げるのみだ。
 鋭い歯や爪など、自らの体に強力な武器を持たないヌンタルは、ただ虐殺されるしかなかった。人の数倍の肺活量、泳力を生かし、樽を壊したり銛を奪うなどして反撃すれば、それなりにいい勝負となりそうであったが。長年、狩られる側として意識が固定されているのか、あるいは敵と違って、集団の中に小さな子供など弱者を抱えているせいか。彼らの意識はひたすら逃げることに集中していた。
 懸命に仲間を庇いながら果てていく群れ。その群れが、血縁関係に基づくものなのか、地域的な集団なのかは分からないが。二十人程度の小規模なそれらの群れは、最後には互いに寄り添うようにして死んでいった。そんな光景を三度、テッドは為すすべも無く眺め続けた。人として、いかに他の生物に対して傲慢であったか。己の地球での行いを一時的に忘れ、テッドは猟人達に対して大きな怒りを持ちながら、それを見続けた。
 そんな偽善も、ここまでか。
 自らに悪態をつき、手にした銛に視線を落とす。
 鈍い銀色を保つ、刃の先。一度も血に塗れていないことを示す金属の肌が、濁った水中で朧な輪郭を晒す。だがさすがに、四度目の狩りでは、穢れざるを得ないだろう。自身の仕事に夢中だった猟人達が、三度目にしてテッドの裏切りにようやく気付いたのだ。二人の男が、テッドに付けられる。ぴたりと同じ方向を指す銛の先には、テッドの背がある。
 獲物を持たず、のこのこまたこの木樽に戻ってこようものなら、串刺しにされるだろう。いや、仮に手土産を持参したところで、許されるかどうかは疑問だ。もちろん、この状況は水上も同じで、銛の餌食となるか、あるいはそこから逃れんと泳ぎ回り、やがては溺れるかの二つの運命以外、テッドには想像できなかった。 

 
 
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  第十八章(3)・1