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幕末長州藩年表(4)文久1年(1861)

安政・万延元年(1854〜60)← →文久2年(1862)

長州藩に関る主なできごと
(主要事件概略はこちら
その他の幕末の主なできごと
3/2:高杉晋作、世子毛利定広の小姓役に
3/28長井雅楽、藩主毛利敬親に公武合体的開国通商論の「航海遠略策」を建言。周布の斡旋で藩論に。
3/30:長井に公武周旋の藩命。

5/12:長井、入京。朝廷に建白。朝廷、嘉納

6/2:正親町三条実愛、天皇が喜んでいるとの内意を長井に告げる。長井、幕府に周旋するために退京。
6/10:高杉、番手として江戸行きを命ぜられる。
6/14:長井、江戸着

7/2:世子定広、老中久世広周に面会して長井上府の趣意を説明。長井、久世を訪問して意見陳述。久世は大いに喜ぶ。
7/21:高杉、江戸着。

8/3:長井・周布政之助、水戸藩美濃部又五郎と会う。老中安藤信正、遠略説に同意。
8/7:長井、江戸を出立。周布、江戸を出立して西上
8/15:桂小五郎、公武合体に反対意見を示す
8/16久坂玄瑞、水薩両藩の頼むに足らないと入江九一に書く
8月:高杉、久坂に会い、情報交換
8/29:長井、萩着

9/9:高杉に幕府随行員として中国行きの藩命(内命)

11/13:藩主毛利敬親、参府。長井再び江戸入り。
11/18:敬親、老中久世・安藤と会見。老中は長井の意見を称し、今後国事を敬親と相談したいと告げる。

12/8長州藩、「航海遠略策」を正式に建白
12/30:老中久世、長井に公武の周旋を任せるという将軍家茂の内意を伝える。

関連:「開国開城-航海遠略策(公武合体的開国論)
3−幕府(老中安藤)、江戸・大坂の開市と兵庫・新潟の開港7年延期を求める親書を各国元首に送付。


5/28-水戸浪士らによる英国公使館襲撃事件(第1次東禅寺事件)










8-武市半平太・間崎哲馬・平井収二郎・中岡慎太郎・坂本龍馬ら、土佐勤王党結成。













12-江戸・大坂の開市、兵庫・新潟の開港延期のための幕府遣欧使節出発。物価引上・暴利の禁止令。
最終更新:2004/5/23

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主な参考文献:
『修訂防長回天史』、『木戸孝允』、『高杉晋作』、『山口県の歴史』
『徳川慶喜公伝』、『再夢紀事』・『続再夢紀事』、『維新史』

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