58号 2004年10月 母乳と薬

 

 「妊娠中や授乳中は、歯科治療を受けられない。」そう思っている方が多くいらっしゃいます。正しい知識を身につけて、手遅れになる前に治療を受けていただきたいものです。

 

母乳の長所

 母乳は乳児の心身の発育に対して、優れた長所を持っています。

 まず母乳は、乳児の発育に必要な栄養素を含み、消化・吸収が良く、乳児の胃腸・腎臓への負担が小さいという栄養上の利点です。

 また母乳には、種々の免疫関連物質や免疫担当細胞が含まれており、新生児期・乳児期の感染予防に役立っています。母乳中に含まれる免疫関連物質として、分泌型IgAをはじめとした免疫グロブリン、糖タンパクのラクトフェリン・リゾチームなどが知られています。

 そして栄養学的観点とは別に、授乳を通じた母と子の絆の形成、相互の満足感や安定した情緒形成に有益であるといえます。授乳中の母親の脳波解析では、母親は心が安定した状態にあることが示されていますし、新生児も母親の胸に抱かれ心地よさと人への信頼感を育むとされています。

 この他にも、抗アレルギー作用、中枢神経系の発達促進、乳幼児突然死症候群(SIDS)の防止、抗酸化作用、経済性などの利点があげられています。

 

 

薬の母乳への移行

 母親の体内に取り込まれ、血液中に運ばれた薬は、一部の量は必ず母乳中へと移行します。血中濃度と相関して変化し、血液中が高くなれば少し遅れて母乳中も上昇します。しかし薬の母乳への移行量は、母親への投与量の1%以下とかなり少なく、乳児への薬の影響は著しく弱いと考えても良いのです。

 ただし通常の薬の濃度は、母乳中の方が血液中よりも低いことが多いのですが、弱塩基性の薬では、逆に母乳中の方が高くなることもありますので注意が必要です。

 

 

多くの薬は心配ないが・・・

 母乳の長所を考えれば、多くの薬はその影響を心配する必要はありません。ただし少数ですが、母乳の中止あるいは要注意の薬があります。

 母乳を与えてはいけない例としては、抗癌剤、コカイン・ヘロインといった乱用薬物、主に検査で使われる放射性核種がありますが、服用する人はごく少数といえましょう。

 ニコチン(喫煙)は、胎児の発育障害をはじめ、受動喫煙によって、呼吸器感染や乳幼児突然死症候群(SIDS)の危険性が増えるという明らかな事実があります。妊娠中も保育中もともに、こどもにとって無煙環境が望ましいことを疑う余地は全くないといってよいでしょう。

 精神安定剤の大部分(約90%)のものは問題がなかったと発表されています。しかし乳児期には、脳神経系が急速に成長するので薬の影響も受けやすく、脳障害が発現する可能性も高いといえます。

 その他、環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)としてのダイオキシン、ポリ塩化ビフェニル(PCB)の精神発達への悪影響が報告されていますが、母乳栄養の長所を考えれば、これらを理由に母乳を中止する方はいないでしょう。

 

 

安全な薬の服用法

 今まで述べたように、母乳の長所を考えれば、多くの薬はその影響を心配する必要はありません。喫煙の方がよっぽど影響があるということです。しかし主治医には、自分が授乳婦であり本当に薬の服用が必要なのか、十分意見交換してみてください。そして薬の服用が必要であると決まったならば、同じ効果の薬でも最も安全な薬を処方してもらってください。また、服薬後3時間以内は、母乳中も濃度が高くなるので授乳を避け、服薬を授乳直後や乳児の入眠時などにすれば、乳児への薬の影響はより少なくできるでしょう。

 胎児・乳児への必要のない投薬は避けたいものです。しかしだからといって、妊婦・授乳婦に対する必要十分な治療を受ける機会が保障されないことは問題だと思います。正しい知識に基づいて判断すれば、乳児は母乳栄養から得られる長所を奪われずにすみ、授乳婦の健康も獲得できるのです。

 

 

 

BACK<<

>>NEXT