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残し置く言の葉草(3)春、真心、離別した妻への思い?等

「残し置く言の葉草」は伊東甲子太郎の草稿を悟庵という人が撰んだ歌集です(詳しくはこちら)まずは、歌を簡単なコメントとともにご紹介し、少しずつ、素人解釈(★)をつけていこうと思います。志に命を賭けて散った人物の残した歌です。やおい作品への悪用は最低です。絶対にやめてください。(トラウマになっています:涙)。

・鈴木家蔵の原本から、素人の管理人が判読して活字化しています。誤りに気づけばそのつど訂正したいと思います。
・各歌の後の()の数字は、小野版における収録順です。かなりかわっていることがわかりますよネ。

ここでは春、特に梅を詠む歌が多いです。梅はやはり「天下の魁」として好んだのでしょうか。それとも、妻ウメを思いながらの歌でしょうか。112・113は離縁した妻への心情を詠んだものではないかと想像しています。

86
87
88
 若草
鶯も花の姿をたつぬらんはや若草の道しるへにて(80)
花をまつ頃とはなりぬ若草の春しりかほに生出にけり(81)
山の端はまた消へやらぬ雪なから都の野へに若菜つみけり(82)
88=雪の残る春の若菜つみは古代からよく歌に詠まれている模様。これは古今「み山には松の雪だに消えなくにみやこは野辺の若菜つみけり」が本歌?古今「君がため春の野にいでて若菜つむ我が衣手に雪は降りつつ」(仁和天皇)も有名ですよネ。

89
90
 梅
鶯をさそふしるへや梅の花香を春風にたくひてそやる(85)
百千鳥よしやなくとも梅の花鶯ならて香をなちらしそ(86)

91
92
93

94
 月梅
山端の静けき月に梅のはな今一しほのにほひますらん(92)(
おほろ夜の月の影さへ匂ふ哉軒場にちかき梅の盛りは(93)
梅の花にほふあたりは夜もすから月の影さへ惜しまるゝかな(94)
色も香もにほふあたりは月影のさすかに花の惜しまるゝかな(95)
91=小野版(「覚書」)では「香をや増すらん」に改作。

95
96
 青柳
いか斗ゆかしく見ゆるすかた哉風にまかする春の青柳(96)
あらそはわぬ姿たなからも春風に吹みたさるゝ青柳の糸(97)

97

98
 春風
香をのみは伝へおこせよさりなから花なちらしそ春の山かせ(98)

さほ姫の霞の衣ふきはらひ花のすかたを見せよ山風(99)
98:佐保姫は、奈良の佐保山の女神で春を運んでくるといわれている。小野版(「覚書」)では「見せよ春風」に修正。

99
100
101
 霞
咲にほふ花の姿をねたしとや霞はのへにたちかくしつゝ(100)
薄くこくにしきにつつむあやなれは霞は春の衣なるらん(101)
桜色に染しころもと見ゆる哉はな咲山にきせし霞は(102)
99=小野版(「覚書」)では「かくしつつ」を「隠すらむ」と改作。
101=子母沢版(「遺聞」)では「山にきせし」を「山にきする」と改作。

102
 山吹
谷川の流れに咲る山吹のいはぬ色香になほまとひけり(103)
102=小野版(「覚書」)は「いはぬ」を「いはね」と。

103

104

105
 春雨
しみゝゝとかたらふ夜半の春雨は袖のぬるるもいとはさりけり(104)
なかめあかぬ花のなこりのおしまれて降る春雨にぬれそほちつゝ(105)
春雨に幾たひ袖をしほるらんなかめもあかぬ花のなこりに(106)


春雨に濡れながら、友と?しみじみ語り、散り際の桜を飽かずながめる夜・・・。

106

107

108
109
110
111



112





113
題しらす
ものゝふの矢走の渡しわたるとも渡りかたきはうき世なりけり(66)
都をは出て草津の草まくらあなおもしろき言の葉の露(67)

うつくしき人の守りや真心のかわらぬ色に花も咲へき(68)
蓑笠をかはきたりともぬれぬらん涙の雨のかゝる世の中(69)
いつれをかわけて折ましうす雪のつもれる夜半の梅の下枝(88)
大君のおほみ心をやすめすはいかにくるしき身をいとはなん(65)



真心のもとの色香のかわらすは立かへり来ん春にあわまし(109)




過し日のみさほの色のかわらすはまた来ん春にあわましものを(110)

106,107=上京後、東海道か中山道(?)を下るときの歌。矢走=矢橋(現草津市)。

108=キーワードは「真心」。112&113と同じ心情を歌ったものではと思います。遊女である花香への歌かもしれませんが、江戸で自分を待つ妻ウメへの歌かもしれないと思います。

112&113
ここでもキーワードは「真心」。108の女性と同じ女性への歌だとすると・・・やはり、離縁した妻ウメへのやるせない心情を詠んだ歌ではないかと想像しています。ウメは、伊東の身を案じるばかりに母こよが病だとウソをついて江戸に呼び戻し、江戸に残るよう懇願しますが、伊東はウソをつかれたことに激怒し、離縁を言い渡したとされています。

112=あなたの真心が色あせずもとのままでありさえすれば、春が必ず訪れるように、わたしも春にはあなたの下に帰り、また逢うことができただろうに。

113=過ぎた日にあなたが守ってきた操(伊東を固く信じる気持ち?)が変わりさえしなけければ、また来る春に逢うことができたものを。

「また次の春には必ず帰ってこよう」・・・伊東はそんな約束をしたのではないでしょうか。ウメは、その約束を待てず、嘘をついてまで伊東を呼び戻してしまった・・・。もしかすると国事多忙で約束の春に江戸に戻れなかったのかもしれません。あるいは、伊東の呼び戻されたのが春だったのか・・・。

他の和歌でも伊東は「真心」を詠っており、伊東にとっては、人として非常に大切なことだった模様(「真心」といえば、本居宣長を連想するのですが、そこからきているのでしょうか)。いずれにしても、その大切な「真心」を裏切られて傷つき、それでも妻への思いを断ち切れぬ心情が「あはまし」(まし=反実仮想)に込められているのではと想像しています。

もし、ウメへの心情を詠んだ歌だとすれば「美しき人の守りぞ真心のかはらぬ色に花も咲くべき」同様、「いかにせむ都の春も惜しけれど馴れしあづまの花の名残を」とも関係のある歌かもしれないと思っています。(これらをまとめた解釈を準備中です)



114
115

116
 梅 
降り積る雪の下より咲き出てにほふも春のはなの魁(89)
ふゆの日は雪にかくれし梅の花けふを春へと咲にほふ哉(90)

うしと見しかりの旅寝のやとりにも梅は都におとりりやはせぬ(91)

114・115=「天下の魁」としての梅を詠む歌。小野版(「覚書」)では「雪に埋もれし」に変えられている。
116=梅の季節の地方の旅。

117
 半衰翁の身まかりけるを聞て
たのまめやうき世の中の行末よたつぬる人ははや苔の下(111)
2004.9.5 9.15 (コメント部分は2004.4.26, 5.13, 9.5)

(1)上京、望郷、山南割腹弔歌等 (2)恋、志、等 (3)春・真心(離別した妻への思い?) (4)慶応3年8-9月、九州出張等 (5)武将の母・妻の歌(伊東の歌ではない)など

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