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元治元年2月20日(1864年3月27日)
元治と改元。
【京】幕府、在京諸藩に1月27日の宸翰請書の趣意を示し、意見を求める

☆京都のお天気:晴晩景陰 (久光の日記より)

年号が元治に改元になりました。

■宸翰請書問題
【京】元治1年2月20日(1864.3.27)、幕府は在京諸藩の代表に対し、1月27日の宸翰(こちら)に関する将軍の考え(請書の趣意)を示し、各自の意見を申し出るよう達しました。


その大意は以下の通り。(番号は仮)
(1) 今回、上洛してから「望外之宸賞」を受け、「恩諭」を以て家茂並各国小大名を「赤子の如く御親愛」され、将来を「御勤誡」された件は、家茂にとり、各々に対しては「悔慚無限次第」である。
(2) そこで、今後は「僭濫不遜之旧套を改め」、各々と「兄弟の思いをなし、心力を合せ、臣之道を尽し、勉めて大平因循の雑費を省き、武備を厳にして、狂暴を禁じ、生民を息へ、日本全国誓って一家同胞の親睦を結び、摂海之防御は勿論、各国の兵備を充質にして、洋夷の軽侮を絶ち、砲艦を厳整して膺懲(ようちょう)の大典を盛にして国威を輝すべき事件等」について、各々と「屹度盟約」し、各々「同心」ならばその趣意を奏上したい。
(3) 横浜鎖港の件は、談判のため、外国へ使節を派遣しており、「成功を期事に候得共」、摂海は言うに及ばず各国沿海の武備については、益々「奮発勉励」して「武臣の職掌を尽」し、「大計大議は悉く天皇の裁断を仰いで国是を定め」て「皇国之衰運を挽回」せん。
(4) 各々に意見があれば、「聊覆臓」なく、書面にて早々に聞かせて欲しい。
(出典:『続再夢紀事』ニp439-440より作成。管理人は素人なので資料として使わないでね)

参考:『続再夢紀事』ニp439-441(2010/4/14)
関連:■テーマ別元治1「将軍への二度の宸翰」」「横浜鎖港問題(元治1)」■開国開城「政変後の京都−参豫会議の誕生と公武合体体制の成立」「参豫の幕政参加・横浜鎖港・長州処分問題と参豫会議の崩壊

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