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文久3年5月4日(1863.6.19)
【江】幕府、海岸守衛諸侯に警戒よびかけ。

■生麦事件償金支払問題
【江】文久3年5月4日朝、生麦事件償金交付問題について、江戸城で会議が開かれました。

会議には水戸藩主徳川慶篤、老中格小笠原長行らが出席し、水戸藩からは執政の大場一真斎・武田耕雲斎も陪席しました。

席上、小笠原は<一橋家からの厳達もあるので、事の成否はともかく、自ら横浜に赴いて直接交渉してみよう>と提案したそうです。

ところが、武田は<防禦の準備が未だ整わないのに、万一交渉が決裂して戦艦が摂海に侵入すれば由々しきこととなる。一橋家の着府を待って着手すべきだ>と反対し、小笠原もこのときは、その意見に従うことにしたそうです。

【江】同日、生麦事件の償金交付延期をめぐって英国との緊張が高まり、幕府は海岸守衛諸侯に警戒を呼びかけました。

前日の5月3日は償金支払い期限でした。交渉の結果、延期してもらった期日だったのですが、幕府は担当老中(格)小笠原長行の急病を理由に、さらなる延期を交渉しました。激怒した英国側は3日の猶予をもって戦争に入ると通告し、戦闘準備を始めていました(こちら)

幕府の触書の要旨は以下の通り。
<英夷の一件が次第に切迫しており、状況によっては今晩にも兵端を開く可能性があるので、そう心得て人数を出し、担当場所を厳重に警衛するように。言うまでもなく、万が一にも軽率な挙動がないように。家来下々に至るまで心得違いの者があれば厳重な処置をするように>(『七年史』引用の触書より。意訳ヒロ>

関連:■開国開城:「幕府の生麦償金交付と老中格小笠原長行の率兵上京」■テーマ別文久3年:「生麦事件賠償問題と第1次将軍東帰問題」「第2次将軍東帰問題と小笠原長行の率兵上京
<参考>『七年史』一・『小笠原壱岐守長行』(2000.6.19, 2004.6.21)

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