第7号 2000年7月 噛むこと 減ってきた“噛む”回数
忙しい現代の生活では、食事の時間も短くなり、噛む回数も減ってきています。 昔と比べると、たとえば、おこわが主食だった弥生時代は、食事に1時間近くもかけ、噛む回数も約4000回。その後、平安時代から戦前までの長い間、日本人の食生活は、主食にうるち米や麦、副食に煮野菜や焼き魚などが多く、食事時間は20〜30分、噛む回数は約1400回と、だいたい一定していました。 ところが、現代では、食事時間も噛む回数も、戦前に比べ約半分以下に減っています。パンやハンバーグ、グラタン、スパゲッティなど、食べやすくやわらかい食べ物が主流になったことが大きな原因のひとつです。 ひみこの歯がいーぜ噛む手間が省ければ、短時間で栄養が摂れて合理的なように思えますが、そうではありません。噛む行為は、人間の健康にとってとても重要なことで、全身を活性化させるのに大変有効な働きをしています。この噛む効用について、学校食事研究会がわかりやすい標語を作りました。
歯が減ると 脳も萎縮
2003年11月26日、アジア・オセアニア国際老年学会議で発表された内容です。研究は、財団法人・ぼけ予防協会が厚生労働省の助成を受けて設置した調査研究検討委員会のプロジェクトとして実施されました。 70歳以上の高齢者1167人を対象に、歯や噛み合わせを中心にしたお口の機能と脳の関係などをさまざまな側面から調査しました。その結果、健康な652人は平均14,9本の歯があったものの、認知症(痴呆症)の疑いがある55人は平均9,4本と残っている歯が少なく、歯の数が少ない高齢者と認知症(痴呆症)との関連が示唆されました。 さらに、69歳〜75歳の高齢者195人の脳をMRI(磁気共鳴断層撮影装置)で撮影し、残っている歯や、噛み合わせの数と、脳組織の容積との関係を調べたところ、残っている歯が少ない人ほど海馬(かいば)付近の容積が減少していました。海馬とは、タツノオトシゴのような形をしていることからそう命名されている大脳の一部ですが、記憶や学習のメカニズムを担っていて、アルツハイマー病になると萎縮することが知られています。また、海馬だけでなく、意思や思考など高次の脳機能に関連する前頭葉などの容積も減っていたとのことです。このためボケ防止には、自分の噛み合わせることができる歯の数をより多く保つことが大切なのだということがわかったのです。 アルツハイマー病との関係 アメリカ神経科学誌 2011年9月号に、認知症の一種であるアルツハイマー病の原因と、歯の噛み合わせの悪さを関連づける実験成果が発表されました。 岡山大学の予防歯科学の研究グループは、歯が少なかったり、噛み合わせが悪かったりすると、記憶障害を引き起こしやすくなるという既存の研究結果に注目し、アルツハイマー病と歯の噛み合わせとの関係を明らかにする狙いで実験を開始しました。 その実験とは、ラット18匹を、@奥歯を削って噛み合わせ異常にした群、A奥歯を削って噛み合わせを異常にし、4週間後に歯にかぶせ物をして噛み合わせを治療した群、B正常群の3群をそれぞれ6匹ずつ8週間飼育し、脳の記憶をつかさどる海馬内のアミロイドβの蓄積量を調べました。アミロイドβとはたんぱく質の塊で、海馬で異常に増殖し蓄積することでアルツハイマー病を発症するとされています。 その結果、奥歯を削った異常群のアミロイドβの量は、正常群の約3倍に増加していることが確認されました。さらに噛み合わせ異常群は、脳内のストレスや神経細胞のアポトーシス(自滅)が増えていることも判明したそうです。しかし噛み合わせ異常治療群は、アミロイドβ量が正常群とほぼ同じ量だったといいます。 噛み合わせを改善することで、アミロイドβの量は減少するとみられ、人間も歯の治療によってアルツハイマー病が改善する可能性があることが示されました。 国内におけるアルツハイマー病の推計患者数は約100万人。高齢社会により、今後も患者数が増えると予測されているだけに、その治療や予防に役立てられる成果として注目が集まっています。 硬い食事でウエスト細く ふだん口にする食べ物が、硬めのものが多い人は、軟らかめのものが多い人よりも、ウエストが細い傾向にあることが、国立健康・栄養研究所の調査でわかりました。早食いが肥満を招きやすいことは知られていますが、食べ物の硬さとウエストの関係がわかったのは初めてとのことです。 国立健康・栄養研究所が、栄養士をめざす全国の18〜22歳の女子大生454人に、過去1ヶ月間にどんな食べ物をどれくらいの頻度で食べたか、質問票を使ってたずね体のサイズを調べました。 硬いものを食べる時は、咀嚼(そしゃく)筋という筋肉をたくさん使います。研究チームは、咀嚼筋の活動量を品目ごとに調べた過去の報告を利用。一定のカロリーをとるのにどれくらい咀嚼筋を使うのかはじき出し、「硬さ」の指標としました。 体重(kg)を身長(m)で2回割った体格指数(BMI)の平均値は21,4。食べ物の硬さに応じて、5グループにわけて比べましたが、特に差はなかったそうです。 一方ウエストは、最も軟らかい食事のグループが平均74,9cmだったのに対し、最も硬い食事のグープは平均72,5cm。食事が硬くなるほどウエストが細い傾向があったのです。 理由はまだ不明ですが、ラットの場合、硬いえさを食べ続けると軟らかいえさの場合より腹部の体脂肪が少ないといった実験結果があります。 ロバも よく噛めば元気百倍 日華事変の起きた1940年頃、中国東北部の戦場で、物質輸送のために働く1匹のロバがいました。北京郊外の一文字山という地名にちなんで、一文字号と名づけられたこのロバは、戦場での活躍から老後は穏やかに過ごしてほしいという日本軍の願いから、上野動物園に寄贈されました。 上野動物園で、こども達を乗せた馬車をひいて人気を集めていた一文字号ですが、寄る年波には勝てずだんだん弱っていきました。一文字号29歳、人間の年で言うと約90歳。戦場で活躍した一文字号も、毛並みの色つやも衰え、眼も悪くなりしょぼしょぼして、今やすっかり元気がなくなって見るからに老馬になってしまいました。年々前歯が抜け落ちていた一文字号は、上下16本あった前歯も丈夫な歯はたった2本となり、大好物のニンジンを食べることができなくなったことが原因でした。 そこで、動物のために入れ歯を作るという前代未聞の作業を、無理を承知で東京中の歯科医に頼みこんだそうです。幸いにも引き受けてくれた、東京医科歯科大学の石川健次先生が、2ヶ月半かけて特注の入れ歯を作りました。一文字号は入れ歯を口にはめられるやいなや、与えられたニンジンをパクリ! 口にはめられた異物が入れ歯と知るはずもないのに、以前の咀嚼の感覚を本能的に取り戻し、これで噛めるという認識をすぐにしたのです。この後、一文字号は入れ歯のおかげで健康を取り戻し、こども達にもかわいがられながら過ごしたそうです。 ガムを噛んで全身ウォーミングアップ多くのスポーツ選手が、ガムを噛みながらプレーするのを見たことがあると思います。日本では、親会社がロッテのプロ野球チーム:千葉ロッテマリーンズで、練習中や試合中にガムを噛むことを勧めています。これは、商品の宣伝だけでなく、プレーに効果があるからなのです。 身体の動きの出発点は、脳から全身への指令です。ガムを噛む咀嚼運動は、脳の活動を高め、全身の筋肉への情報伝達をスムーズにするため、筋力や瞬発力、動体視力まで高まることがわかっています。 特に効果的なのは、野球やゴルフなど動いていない時間のあるスポーツ。次の動きにすばやく対応できるよう、身体をアイドリング状態にして備えられます。 ガムで印象的なのが、福岡ソフトバンクホークスで活躍する内川聖一選手。元々噛み合わせが悪かった彼は、横浜の2軍時代に原因不明の体調不良が続いて、右手の握力が弱くなりボールを握ることすら出来なくなりました。その後原因は、アゴが右側に曲がって頚椎の神経を圧迫していたことが判明します。そこで噛み合わせを治すと、様々な故障を克服し1軍に。その後も治療を続け、ガムも取り入れた練習でさらに実力を発揮、現在のような人気打者となったのです。 ガムの効果で全身の運動能力が高まることは、プロ選手も一般の人も、どんな年代でも共通です。普段の生活に、ぜひ積極的にガムを取り入れてみてください。もちろんシュガーレスで。キシリトールならなおさら良いですよ。 やっぱり 煮干しやスルメ?カルシウムたっぷりの煮干しを食べる事は、とっても良いことですが、決して「硬いものばかり食べてください」ということではありません。身近にある食材から考えながら選ぶ、あるいは調理法をほんの少し変えるだけで、噛む回数が自然にふえます。 噛みごたえのある食材を選ぶ
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硬いもの : アーモンドやピーナッツのようなナッツ類、煎り大豆などは、硬くて、噛み砕くのに力がいる食材です。一度にたくさん食べることができないので、トッピングなどアクセントとして料理に使うとよいでしょう。 A
繊維が多く、噛まないと飲み込めないもの : ごぼうなどの根菜類やたけのこ、緑黄色野菜、切り干し大根などの乾物類は、硬くて、食物繊維が豊富な食材です。これらは歯で簡単にすりつぶしたり、細かくしたりできないので、飲み込むためにはしっかり噛み切らなければいけません。 B
弾力性が大きくて噛み切りにくいもの : 干ししいたけ、油揚げなどを、噛みごたえのある食材と言うと、意外に思われるかもしれません。硬くはないのですが、弾力があるために噛み切りにくい食材なのです。ほかに、こんにゃく、マッシュルームなど厚みのあるきのこ、イカやタコも同様です。 料理法を工夫する
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切り方 : 大きめに切ると、自然に噛む回数はふえます。たとえば、きゅうりの酢の物は、蛇腹切りより乱切りに、肉は、薄切りより厚切りにしたほうが噛む回数が多くなります。 A
加熱 : 野菜は、加熱したものの方が、生より噛む回数は少なくなります。しかし、量をたくさん食べられるというメリットもあるので、噛みごたえばかり気にせず、栄養バランスを考えてとりましょう。肉や魚は、加熱が進むにつれてタンパク質が凝固し、硬くなります。 B
水分量 : 食品は水分が少ない方が硬く、多いほど軟らかくなります。イカとスルメ、生の大根と切り干し大根などがよい例です。肉や魚は、揚げたり、網焼きにしたりすると、加熱により食品の余分な水分が抜けるので、弾力が増して噛みごたえ度がより高くなります。 C
素材を組み合わせる : 複数の素材を組み合わせると、口あたりや味の違いを脳が感じとろうとするので、自然に噛む回数がふえるのです。おひたしは1種類より数種類、煮物も、芋だけでなく、根菜や肉などいろいろ入れた方が噛む回数が増します。 D
味つけ : 薄味にすると、素材の持ち味をよく味わおうとするために、自然と噛む回数がふえます。よく噛んで唾液と食品とが十分に混ざり合うことで味を感じるのです。健康のためにも、糖分・塩分控えめの食事を心がけましょう。 タニタ食堂 今話題の「タニタ食堂」。2012年に入り、レシピ本はシリーズ2冊累計で430万部を突破し、一般の方も食べることができる「丸の内タニタ食堂」は、午前11時開店にもかかわらず、午前8時30分から整理券を配布しなければならないほどの人気だそうです。 「株式会社タニタ」とは、ヘルスメーター、体内脂肪計、歩数計、血圧計などの健康計測機器を手がけ、体脂肪計ではシェアナンバー1の会社です。体重や体脂肪だけでなく、「健康をはかる」という理念から、1999年、社員の健康維持・増進のために社員食堂(通称:タニタ食堂)が設けられました。 当初のメニューは、とにかくカロリー重視の献立だったため、味はうすく量も少なく、日によってはパンとおかず一皿という日もあるほどだったほど。もちろん食べ残しは増え続け、社員からは不満の声が募ったそうです。 そこで健康や栄養だけでなく、「満足感」を意識したメニュー作りにシフト。加工品もできるだけ使わず、色合いや味つけ、季節を感じる献立などを心がけ、肉料理、丼ものも加えました。種類も和洋中だけでなくエスニック系もあるそうです。 「お腹が一杯で大満足!」。そんな気持ちはダイエットを続けるうえで大切なことです。タニタ食堂の献立を食べ終えると、「アゴが疲れた!」と感じるくらい、野菜をたくさん使って咀嚼回数を増やしています。その野菜を切るときは、いつもより大きめにし、あえて食べにくいサイズにするのも、咀嚼回数を増やすコツです。そして咀嚼アップ食材は、ごま・コーン・豆などの「つぶつぶ食材」。大葉・みょうが・ねぎ・かいわれ大根など噛むことで香りが出る「香味野菜」。ごぼう・れんこん・だいこんなど繊維質を多く含む「根菜類」。また、きぬさや・ブロッコリーはそのまま食べる「丸ごと野菜」。どれも身近な食材ばかりです。 ヘルシーレシピの鉄則
満腹感のコツ:「噛ませる料理」だけでなく、「目で食べる」ことも大切。色合いや季節感を取り入れて、見た目の楽しさも工夫しましょう。 油分カットのコツ:肉は脂身や皮を取り除き、油揚げ・厚揚げも余分な油分は、キッチンペーパーなどで押さえます。油をひくフライパンの代わりに、網焼きやトースターを使えば余分な油が落ちるので、カロリーダウン。 塩分カットのコツ:汁物や煮物は、だしをしっかりととるとコクがあるので、塩やしょうゆが少なくても、うま味が増します。こしょうや七味唐辛子などのスパイス、大葉・みょうが・ねぎなど香味野菜を使うと、塩分も大幅に減らせます。 低カロリー食材:精進料理では、肉の代わりとして使われる高野豆腐。低カロリーなのに食べごたえは抜群。肉もささみや鶏むね肉など脂の少ないもので、さらに魚を使うとカロリーが抑えられます。 |
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