第3号 2000年3月 歯周病 土台がなければ、どだい無理な話 むし歯より怖い歯周炎
歯肉や歯根膜、歯槽骨(しそうこつ:歯を支えている骨)など、歯を支えている土台が歯周組織です。歯垢(しこう)が原因で、これらの組織が破壊されてしまう病気を総称して、「歯周病」といいます。歯肉だけが炎症を起こしている状態が「歯肉炎」、歯槽骨まで破壊されるのが「歯周炎」です。
歯肉がやせ細って歯槽骨も溶かされ、歯がグラグラになり、ついには健康な歯まで何本も抜けてしまう歯周炎は、強い痛みがないため治療が手遅れになる場合が多く、むし歯より怖いといわれています。歯肉がはれる、歯肉から血が出る、歯が揺れる、冷たいものがしみる、口臭が気になるなどの症状に、少しでも思い当たったら注意が必要です。 歯垢は細菌のかたまり これが歯の大敵
物を食べた後歯をみがかないと、歯垢は数時間のうちに歯の表面をびっしりとおおってしまい、むし歯や歯周病など、さまざまな歯の病気を引き起こすもとになり、また口臭の原因にもなります。 この歯垢のなかの細菌の出す毒素や酵素などが、歯を支えている土台である歯周組織を刺激し、炎症を引き起こします。ですから、毎日きちんと歯垢を落とし歯肉をマッサージすることが、歯周炎の予防のためにも重要です。 歯周病と全身とのかかわり
歯周病は細菌の感染による慢性の炎症です。細菌の作る毒素や炎症を引き起こす物質が、患部から血液中に入り、全身に悪影響を及ぼす可能性があります。 歯周病の原因の細菌は、非常に付着する(へばりつく)能力が強く、心臓の内側の弁膜などにもへばりついて増殖します。特に、川崎病になった人、母親のおなかの中にいたときに、母親が風疹やウイルスに感染したために心臓弁膜に障害がみられる人では、口のなかの細菌が、しばしば細菌性心内膜炎を起こしてしまいます。歯周炎の進行した人は、心臓の病気が原因による死亡が1,9倍、心筋梗塞の発作が2,8倍多いという驚くべきデータがあります。 歯周病と心血管疾患の関係、つまり歯周病は血管の病気であるということを示すデータが、2007年発表されました。血管の健康を測定する超音波装置(FMD)が登場しましたが、この装置は動脈硬化の変化を鋭敏に反映し、測った数値が高いと、血管が健康である、血管が若い、ということを示しています。英国ロンドン大学のグループは、この装置を使って、歯周病治療で患者さんの血管が若返るかどうかを実験しました。120人の歯周病患者さんを、通常の治療グループと集中治療グループにランダム(無作為)に分けたのです。その結果、歯周病の集中治療をすると血管が若返ることが示されました。測定している血管は上腕部ですから、歯と歯肉の治療が、全身の血管につながっていることがわかります。血管は歯肉から足先まで流れています。ですから、歯肉の血管を傷つける歯周病を放置しておくと、全身の血管が傷んでしまうのです。 妊娠中の母親が中程度〜重度の歯周病になっていると、歯周病の細菌の作る毒素や炎症を引き起こす物質が胎盤を刺激し、胎児の成長に影響を与えたり、子宮の収縮を促すなどして、低出生体重児(早産による未熟児)を出産する危険性が、健康な母親の7,5倍にもなるとのことです。 喫煙は、歯肉の毛細血管の収縮を引き起こすことで歯肉の血行を低下させ、歯肉のヘモグロビン量をも低下させて、一時的に歯肉内の酸素量を低下させます。また、歯周病の原因となる細菌を退治する、血管内や組織内の白血球の能力を低下させ、それらの細菌に破壊された歯肉を復元する細胞の能力も低下させるといわれています。 それにより、歯と歯肉との隙間である「歯周ポケット」が深くなりやすく、歯を支えている骨:歯槽骨の吸収が進行しやすく、また、治療を行っても治りにくくなるため、歯周炎が進行してしまいます。喫煙者は、非喫煙者に比べて約4倍歯周炎になりやすく、1日にタバコを吸う本数が多いほどその傾向は強く、1日31本以上吸っている人は約6倍ほどに高まるそうです。その結果、歯が抜けやすく、残っている歯の数が少なくなるため、ヘビースモーカーは入れ歯を使用している方が多いようです。 糖尿病が進行すると、末端の小さな血管において血液の通りが悪くなるため、栄養の供給や組織の修復が悪くなったり、からだの免疫に重要な白血球の機能が低下するといわれています。そのため、歯肉においても同じことが起こり、細菌の感染に対する抵抗力が低下してしまいます。 逆に歯周炎になると、炎症を起こした歯肉を治そうとして、免疫細胞がさまざまなサイトカインという生理活性物質を分泌します。これらのサイトカインが歯肉に集まると、インスリンに対する抵抗性を高めるように作用するため、血糖のコントロールがうまくいかなくなり、糖尿病を悪化させることもあるそうです。 骨粗鬆症が進行すると、歯を支えている歯槽骨もスカスカになって、歯周炎が進行しやすくなります。足の骨の骨密度の低下と、歯周炎の重症度には関係があり、骨粗鬆症の人はそうでない人の1,8倍、歯周炎を発症する率が高いといわれています。 肥満もよくないそうです。2005年1月21日、日本疫学会学術総会で発表された内容ですが、大阪府立看護大の研究グループによると、脂肪から分泌される物質が骨を壊すなどして、BMI(体格指標:kg/u)=25,0以上の肥満者は、BMI=18,5〜25,0の普通体重者より、1,49倍
歯周病にかかりやすいそうです。 プラス思考 マイナス歯垢 ポケットには何も入れない
「アルプス歯科は歯みがきばかりやってて治療してくれない」という評判です。しかし、むし歯も歯周病も予防は歯みがきですが、歯周病の治療の中心もやはり歯みがきなのです。 厚生労働省の調査によると、毎食後歯をみがく人は年々増えているにもかかわらず、歯や歯肉の病気にかかる人は減るどころか、むしろ多くなる傾向にあります。 その原因はみがき残し。みがきにくい所は、気が付かないうちにむし歯や歯周病になってしまうのです。歯と歯肉のさかい目にある溝(すき間)に歯垢がたまり、歯肉が炎症で腫れると、溝がポケットのように深くなっていきます。この深くなった溝を歯周ポケットといいます。背広のポケットには、何も入れないのがおしゃれの基本ですが、歯肉も同じ。この歯周ポケットに歯垢をためないことが基本です。歯ブラシの毛先を歯と歯肉のさかい目に当て、細かく震わせる程度に小さく動かすことが重要です。大切なのは、歯は清掃、歯肉はマッサージという感覚で、1本1本ていねいにみがいて、健康な歯と歯肉を保ちましょう。
歯みがきと心血管疾患の関係
2010年6月、英国医学雑誌に掲載された論文です。英国スコットランドの35歳以上の男女11,869人(平均50歳)に、1日何回歯みがきをするかを尋ねました。対象者の71%が2回、24%が1回、5%が1回未満でした。その後8,1年の追跡調査で、心血管疾患の発症を555例確認しました。このうち411例は急性心筋梗塞などの心臓病でした。 その結果、心血管疾患のリスクは、1日に2回歯をみがくグループと比べ、1回のグループで1,3倍、1回未満のグループで1,7倍と高くなりました。対象者の半数弱(4,830人)で測定した、全身の炎症を反映する物質であるCRPの血中濃度も、歯みがきの回数が少ないほど高くなる傾向がありました。 今回の分析では、心血管疾患のリスクの上昇は、喫煙が2,4倍、高血圧が1,7倍、糖尿病が1,9倍でした。したがって、1日1回未満の歯みがきによる1,7倍というリスク上昇は、危険な要因としての意義が確立したこれらの生活習慣や病気と同程度でした。そのため、今回の結果が今後確認されれば、1日2回の歯みがきは、禁煙や高血圧、糖尿病の予防に匹敵する心血管疾患の予防法となるかもしれません。 「歯のゆらぐ男」と「口臭の女」
「病の草子」という絵巻物に、歯周病に苦しむ男女の様子がおもしろおかしく描かれています。 ひとつは、「歯のゆらぐ男」と題して、「おとこありけり、もとよりくちのは、みなゆるきて、すこしも、こわきものならは、かみわるにおよはす、なましひに、おち抜くることはなくて、ものくふ時にさわりてたえかたりけり」とあり、中年の男が食事をしながら、口を開けて痛む歯を女房に見せている絵が描かれています。 もうひとつは、「口臭の女」と題し、「宮こに女ありけり、みめ、かたち、かみすかた(髪姿)あるいかしかりければ、人さこしにつかひけり、よそに見るおとここころをつくしけれとも、いきのか(息の香)あまりにくさくてちかつきよりぬれは、はなをふさきてにけぬ。たたうちいたるにも、かたはらによる人くささにたえかたりけり」との詞書があり、中年の高貴な身分の女性が歯をみがいているそばで、女官がたもとで口をおおって臭いを防いでいる絵が描かれています。あまりに口臭がひどいので男に逃げられてばかりいるというのは、現代でもありえる話です。そうならないうちに治療しましょうね。 |
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