9月の「今日」 幕末日誌文久3 テーマ別文久3 事件:開国-開城 HP内検索  HPトップ

前へ  次へ

文久3年7月26日(1863年9月8日)
【京】浪士、東本願寺用人を天誅
【長】長州糾問使中根一之丞、小郡へ

■「天誅」(テロ)
【京】文久3年7月26日、尊攘過激派浪士が東本願寺用人大藤幽叟を殺害し、三条橋に梟首しました

斬奸状(口語訳・注釈:ヒロ)は<このものは板倉周防守(=老中板倉勝静)、水野和泉守(老中水野忠精)らの奸吏に加担し、砲台修築に名を借りて大金を横領した。その罪は軽くなく、天誅を加えたものである>(『七年史』一)というものでした。

(同日夜には高台寺が放火されます→こちら)

参考:『七年史』一(2001.9.8)
関連:■「開国開城」「大和行幸計画と「会薩−中川宮連合」による禁門(8.18)の政変」■テーマ別文久3年:「大和行幸と禁門の政変

■長州糾問使中根一之丞暗殺
【長】文久3年7月26日、長州藩庁は、攘夷戦争と小倉侵攻を糾問するために派遣された幕府使番中根一之丞に対し、小郡で応接する旨を告げました。このとき、奇兵隊士らは、中根が乗船してきた朝陽丸を、先の攘夷戦争でアメリカ軍艦に撃沈された藩の軍艦の代わりに借用することを強要したため、翌27日、中根ら一行10人は陸路で下関を出立し、小郡に向かいました。

参考:『修訂防長回天史』三下p464 (2004.9.26)
関連:■「開国開城」「長州藩の攘夷戦争」■テーマ別「長州藩の攘夷戦争」■長州藩日誌文久3

【京】真木和泉、中川宮を訪ねるが、病を理由に断られる(『遺文』)p603

前へ  次へ


幕末日誌文久3 テーマ別文久3 事件:開国:開城 HP内検索  HPトップ




9月の「今日の幕末」 HPトップへ