4号 20004月 要介護者の口腔ケア

 

20004月から介護保険が始まりました。発足当初の要介護高齢者は218万人、2025年には530万人に達すると予想されていましたが、20056月末には417万人と、91%も増加しています。今、身近に要介護者の方がいなくとも、将来は家族の誰かが要介護者になる可能性は高いのです。

 そこで、要介護者のお口のケアについてご説明いたします。

 

 

歯は、いきいき健康をつくる窓

高齢者が寝たきりになる最大の原因は「脳卒中」で、次いで「骨折」です。適切なリハビリテーションが後遺症を最小限にくい止めますが、さらに補助具の活用や介護指導により「寝かせきり」になることは防げます。むしろ、過保護な「寝かせきり」が、寝たきり高齢者を生むのです。「ほとんどの寝たきりはニセモノ」といわれるゆえんです。

 

高齢者を寝たきりにさせないために、口腔(こうくう)ケアを介護に加えることも重要です。ブラッシングを介助しながら、自分でできることを増してあげてください。

 小さな自立のくり返しが大きなリハビリテーションに発展します。寝たきりに 「しない・させない・ならない」ために、お口のケアから健康を考えていきましょう。

噛めなくなるとやわらかい炭水化物が増え、野菜やタンパク質が減ります。味が濃くなり塩分が増えると高血圧を促して、脳卒中の危険も大きくなります。自分のでしっかり噛むことは、ガンなど生活習慣病(成人病)の予防になります。歯のない人に介護を要する人が多いのは、歯と口が、健康と活力・生命力の窓口だからです。

 

 

口は外に開いた臓器です

歯や入れ歯の手入れをしなくても、生命にはかかわらない。そう思っていませんか? それが生命を脅かすのです。

 

老人病院での死亡者の基礎疾患は、何らかの脳障害が60%です。しかし、その直接の死因の約半分が感染症で肺炎が圧倒的です。お口のなかには、さまざまな細菌(バイ菌)が棲んでいます。それが唾液や食物・胃液とともに気管に入り「誤嚥(ごえん)性肺炎」を起こすのです。これは口のなかのものを飲み込む反射(嚥下反射)が障害され、さらにもし気管へ誤って飲み込むこと(誤嚥)があっても、咳として排出する反射(咳反射)が低下しているからです。体力や免疫力が衰えてくると、元気なときには何でもなかった口のなかの細菌が致命症となります。

 

 

摂食嚥下障害

 食べる・飲み込むという動作が満足にできなくなる病気を、「摂食嚥下(せっしょくえんげ)障害」といいます。人間ののどの奥には、食道と気道を分岐している場所があります。この分岐点には、喉頭蓋(こうとうがい)と呼ばれる「気道のフタ」があり、食べ物が気道に入ろうとするのを防ぐ働きをしています。この気道のフタの働きが弱ってしまったのが、摂食嚥下障害です。フタの閉まりが悪くなることで、本来食道に流れるはずの食べ物を誤って肺に入れて(誤嚥して)しまい、これが原因で肺炎が起きるのです。

 

 

廃用症候群

 気道のフタである喉頭蓋には、ほとんど筋肉がありません。このフタが開いたり閉まったりするのは、食道と気道の分岐点まで伸びている舌に押されることによります。筋肉の塊である舌と、舌周辺の筋肉が関与しているのです。摂食嚥下障害は、気道のフタ周囲の筋肉が弱ることで起きているのです。

 摂食嚥下障害の本質は、使わないことによって悪化する「廃用(はいよう)症候群」にあります。「廃用」とは「使わない」ことで、「廃用症候群」とは、使わないことによって衰えることをいいます。いったん廃用症候群が起こると、食べられなくなって低栄養状態となり、やがて免疫(抵抗力)の低下が起こります。すると肺炎を発症しやすくなり、また次の廃用症候群が起こるのです。

 摂食嚥下障害のきっかけで最も多いのは、主に脳卒中などの病気ですが、近ごろ、飲み込むときにムセることが多くなったと感じる人も要注意です。自分でも気がつかないうちに、軽度の摂食嚥下障害が始まっている可能性があります。特に、物を食べる・飲み込むという行為は、あまりに日常すぎて、衰えに気がつきにくいのです。こうした現状を受け入れてそのままに放置してしまうと、肺炎を起こすか、廃用症候群におちいってしまう可能性があります。

 

 

窒息事故防止

 高齢者人口の増加に伴い、食品による窒息で死亡する事故は年間6000例を越え、増加傾向にあります。減少傾向にある交通事故による死亡者数を、越えそうな勢いです。

 窒息の原因となる食品というと「もち」のイメージが強いですが、日常の主食である「ごはん」や「パン」なども原因となることが多く、食品の物性よりも、食べる機能(摂食嚥下機能)の低下からおきていることがわかります。

 

 

口の手入れや清掃は生命を守る防波堤

入れ歯も歯も自分の歯  表も裏も清潔に

誤嚥性肺炎の予防は、口のなかの清潔を保つこと、および食後2時間位はできるだけ座位を保つことです。口のなかを不潔にしていると細菌が元気になります。ブラッシング・あごの粘膜や舌を拭うなど、お口を清潔に保つケアは、生命を守るのです。

入れ歯が不潔になると、残り少ない歯をむし歯にし、あごの変形が早く肺炎も起こしやすくなります。食後ははずし、歯ブラシをかけてから戻す。入れ歯の裏は細菌の巣になりやすいので、特に注意深く清掃しましょう。

歯のないあごは変形が早く、入れ歯も合わなくなります。要介護者は訪問歯科診療(往診)を活用して、入れ歯の調整・修理を受けましょう。

 

 

口腔体操

歯のない人は、口元を若返らせることが誇りと自立意識をとりもどします。入れ歯も含めて、口でしっかり噛むことは、野菜やミネラル・栄養を十分に摂り、認知症(痴呆症)・床ずれをも防ぎます。衰えた口の機能のために食事を変えるのではなく、必要な食事のために口の機能を回復させましょう。

 そのためには、食前に行う口腔体操が効果的です。舌の力がアップし、食べ物や自分の唾液をしっかりと食道に送り込むことができ、肺炎予防にもなります。「パタカラ・パタカラ・パタカラ・・・・」と、できるだけ早くハッキリと発音するパタカラ体操や、好きな早口言葉を練習したり、舌を前後・左右・上下に動かす舌体操を食前に行いましょう。

 

 

震災時に口腔ケア

 長野県北部の地震および東日本大震災に被災されました方々には、心よりお見舞い申し上げます。私の住む長野県松本地方には牛伏寺断層があり、牛伏寺断層を震源とする内陸型地震は、マグニチュード8の地震が発生する確率が、今後30年以内に14%、50年以内では20%といわれており、他人事ではありません。

 1995年の阪神淡路大震災による死亡者6,434人のうち、圧死などの直接死は5,512人です。これに対して、震災後にそれ以外の原因で死亡することを震災関連死といいますが、その数は震災後2ヶ月間以内で922人におよびます。なかでも最も多かったのは24%を占める肺炎で、その要因として、インフルエンザの蔓延あるいは劣悪な避難所での生活環境などがあげられます。加えて、極端な水不足による口腔清掃の不良や、入れ歯の紛失などによって、誤嚥性肺炎を起こした可能性が考えられました。

9年後の新潟中越地震では、阪神淡路大震災の反省を生かし、被災者に対する肺炎予防のための口腔保健活動が初めて組織的に行われ、徹底した口腔ケアなどによって、誤嚥性肺炎が予防可能であることがわかりました。災害規模が大きく違うとはいえ、震災関連死はわずか1人にとどまったのです。

 一般的に、誤嚥性肺炎は脳血管障害患者に多く発病します。その脳血管障害のリスクとしては、高血圧症や糖尿病があげられます。震災時はストレスに加えて、高血圧症や糖尿病の薬を持ち出さずに避難し、その後も医療機関がすぐには機能しないことから、定期的に服薬することができません。また食事療法や運動療法も困難になり、高血圧症や糖尿病が悪化します。事実、肺炎と脳血管障害による死亡者数は前後5年間に比較して、ともに震災の年が突出しています。これらの条件から、阪神淡路大震災では223人もの方が肺炎で亡くなってしまったと考えられています。

 糖尿病治療は、食事療法・運動療法・薬物療法が中心になりますが、歯周病治療も重要です。糖尿病があると歯周炎が悪化することは有名ですが、歯周炎があると糖尿病も悪化するからです。震災時は、食事療法・運動療法・薬物療法がどれも困難な場合が多いです。それだけに、歯周炎予防の口腔ケアが重要なのです。

 震災時の口腔ケアは、むし歯や歯周病の予防ではありません。高齢者の肺炎による関連死を防ぐ手立てなのです。しかしその口腔ケアは、震災を受けてから突然できるものではありません。環境が激変してパニックにおちいればなおさらです。ですから、日頃から就寝前のブラッシングは念入りに行いましょう。

 また入れ歯を使用している方は、忘れずに入れ歯を持って避難しましょう。就寝中は基本的に入れ歯を装着していないので、早朝に起きた阪神淡路大震災では、入れ歯を持ち出さずに避難し、口の機能が低下してしまったのです。避難所では、入れ歯がなければ食べられない食品が多く、入れ歯があっても硬くて冷えたおにぎりは食べにくいのです。通帳や印鑑がなくても、小額ならお金は銀行から引き出せます。眼鏡や補聴器はもともと既製品ですから、調整は必要ですが代用品があります。しかし入れ歯はその人に合わせたオーダーメイドで、既製品は何ひとつ存在しません。ですから、栄養補給のためにも、口腔ケアのためにも、入れ歯を忘れずに持って避難しましょう。

 

 

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