1月の「今日の幕末」 幕末日誌文久3 開国開城 HP内検索 HPトップ
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■参豫会議へ 【京】文久3年12月22日、前越前藩主(前政事総裁職)松平春嶽は将軍後見職一橋慶喜を訪問し、時勢に適合した政体の必要性を説き、それには幕習を脱した創業を方針べきだとの言質を引き出しました。慶喜は、また、「創業」の基本は在京諸侯との衆議の上確定すべきだとの春嶽の意見にも同意しました。 かねてから、春嶽はこのように考えていました。
両者のやりとりは次の通り
慶喜が諸侯会議に同意したので、相談の結果、二条城を諸侯の集会所とし、同月24日から会議を開くことに決めました。(実際は初回の二条城会議は25日に開催されました)。 <ヒロ> 松浦玲氏は、「このやりとりは、慶喜の方から積極的に意思表明したわけではなく、全体として、慶永の熱っぽい思い込みに反対はしなかった、という感じが強い」(『徳川慶喜 増補版』)と指摘していますが、その通りだと思います。 関連■開国開城「後見職・総裁職の上洛と攘夷期限約束」「政変後の京都−参豫会議の誕生と公武合体体制の成立」■テーマ別文久3年「参豫会議へ■「春嶽/越前藩」「事件簿文久3年」 ■徳川慶喜日誌文久3 参考:『続再夢紀事』二p302-303、『徳川慶喜 増補版』、『徳川慶喜公伝』2(2001.1.30、2005.2.3) |
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