今年最後の「あれこれ」はMWS放散虫プレパラートJ482だ。 オリンパスBH2、対物10倍、暗視野照明である。深度合成は品に欠けるところが多多生じるようだがピントの範囲が広くなるので形は捉えやすいと思う。 壊れたもの主体で注文したので球状のものは内部を直接観察できるものが多くある。多重構造になっているものも多いが、ここにあるのは一皮だけで、特に中央上部の二点は華奢でいびつな形のはかなさに引かれた。 顕微鏡の世界の大きさの放散虫でも長い時間をかけて海底に死骸の分厚い層を作り、ついにはチャートとなって大陸の一部になっている。単調だが恐るべき時間の長さでやり遂げているわけだ。 それに較べると人間の歴史は短時間で輝かしい成果をあげたとも思うのだが、生まれては消えを悠然と繰り返し分厚いチャートになる生き方もなにか尊いもののような気もするのである。
カシバードで、日課になったサイクリングコースを表示した。コースの国道135号線は真鶴道路の裏道になって交通量は少ない。狭小な場所は順次整備されて残り少なくなっているし、曲がりくねった道路で海と山の間を楽しくサイクリングできるところだ。難点は平坦なところはなく下りは快適だが登りはエイヤエイヤになることだろうか。 電動アシストで走って居たところだが自力で走りたくなり、クロスバイクを求めた。車重13.5kg、ギア比 1〜3.43である。走りきれるか不安だったので中古にしたが、はじめは息も絶え絶えで大汗をかいたものの走り切れたし、3ヶ月たった今では鍛えられたのか大分楽になった。 しかし、この道を走っているのはロードバイクばかりで、あっという間に追い抜いてゆく。ロードバイクならではの走りかもしれないが男はともかく女性に抜かれると情けなくなる。自転車を変えると追い抜かれないようにできるかもしれないが今のままではどんなにがんばってもあの速度は出ない。などと考えながら走っているのだが、今の平均時速15〜16km/hが一年たってどのくらいになるか楽しみでもあるのだ。
昆虫の観察を始めた頃は何も知らないに等しかったので捕まえては熱心にスケッチして驚いてばかり居た。 アブラムシも成虫に翅ありと翅なしのものがあるのさえ知らなかったぐらいで暢気なものだった。 この図は10年ぐらい前のものだが昆虫の胸部が三つにわかれているのでその正確な形を捉えようと努めていたのだろう。当時のことは思い出せないが熱心に書き込みをいれているので多分そうだと思うのだ。 新しい発見がつぎつぎとある幸せな時代でもあったわけだ。
コフキゾウムシの脚でも脛節の棘毛は針のようで毛らしくなるが、やはり虹色に輝いている。ほとんど寝ているので根元の外皮はそれに適した凹み方だ。 附節は接地して体重を支えるところだが、脛節の端部も土や葉に当てて体重を支えているときがある。太く短い形に溝がついたりしていかにも頑丈そうである。
昆虫の色は不可思議なことが多多ある。 実体顕微鏡を覗いて驚いたことの一つが色だった。さらに金属顕微鏡の世界は想像もできないものだった。前回の白い毛が透明だったりするのがそれである。 白い毛がないかと言えば、あるところにはちゃんとあります。図上段のコナラシギゾウムシの小楯板は肉眼でも白い点で目立つが、太くて明解な白毛がびっしり生えている。体の下面にも疎らだが白い毛がある。 毛状ではなく鱗片状のもある。下段のコフキゾウムシはキラキラ輝く不思議なものだ。しかも形の違うものが幾種類もあって体のアチコチを飾り立てている。外皮そのものは真っ黒クロスケである。肉眼で見ると薄緑の粉がまぶされているように見える。まさに粉吹象鼻蟲である。
ヒシモンナガタマムシの毛の色違いを確かめようと軽い気持ちで金属顕微鏡を持ち出した。 結果は画像の通りで、え!と驚かされた。白いところは透明で黄金色の感じもある毛があるだけで白はどこにもない。紫色のところは全体に紫で毛もその色になっている。 大型のタマムシは美麗な金属光沢色のものが有名だし、その色が構造色によることもよく知られているので、小型種でも構造色で光の当たり方で色違いになるのはおかしくないと思うが、常時、白と紫の菱紋になるのはどんな仕組みなのか見当もつかない。 表皮に小さな鏨を真っ直ぐに、あるいは斜めに細かく打ち付けて丸い窪みを多数作り、窪みの中心には毛を植える。というのが点刻のある昆虫の普通の姿と思うが、この場合は、毛の根元を保護するように頭の三角な板があって一段と複雑になっている。こんな構造は初めて見た。 実体顕微鏡で見ていたときと大違いになったわけだが、小さな昆虫では良くあることである。
甲虫(鞘翅目)目タマムシ科ナガタマムシ亜科ヒシモンナガタマムシ、体長0.6センチメートル。 ナガタマムシは平べったい頭部の中央が凹んでいるところに、かわいらしい目と触角が目だつし、小さい胸部と後ろの方が膨らんだ特徴のある腹部に、細くて短い脚などで見分けやすい虫だ。 小型の虫で肉眼でははっきりしないが紫色のキラキラした模様がある綺麗なものである。ネットにいくつかでているが、毛の生えているところが白くなり、生えていないところが紫色になる。という解説がついている。 確かに白い毛が沢山あるところが白色になっている。では、紫色のところに毛はないかというと実は透明な毛がある。全身毛に覆われているのだ。ただ種類の違うものが混ざっており、それが模様を作り出しているわけだ。 表皮も彫刻や点刻で刻み込まれている複雑なもので、実体顕微鏡で70倍程度まで拡大しても見極めが難しく歯がゆい思いになる昆虫である。
アステロムファラス属(Asteromphalus)はどんな姿をしているかは電子顕微鏡写真を見るのが一番だ。ネットにはいくつかでているが、微妙に変化しているので、これが正解だというものがひとつあるわけではないようだ。 それで、ここに描いたものはアレンジしたものだ。帯面は2個のものしかなかったが全体図程度の厚みだろう。殻面の模様は盛り上がり方の程度がいろいろあるようだ。内部は二重構造になっているのは間違いがないようだが形は種によって変化しているようだ。 実は珪藻はガラス細工なので電顕写真は実際と違う。復元図は透明なガラス細工に表現しなくてはいけない。しかも生きているときは薄い有機質の皮膜に覆われているし、内部は葉緑体などもあり複雑な色模様もある。人間が珪藻よりも小さくなって珪藻を見上げれば素晴らしい姿に心打たれると思うのだ。
MWS珪藻プレパラートのKMR-01(沿岸)は大きめで変化に富んだ珪藻が沢山あって楽しいものである。画像のアステロムファラス属(Asteromphalus)は、ほんのわずかしか入っていないが南極の化石種のものにも入っていたから息の長い珪藻だ。高台のない薄い皿をひっくり返したような珪藻だと思う。しっかり見える筋は内部を補強するように細く盛り上がっているだけで、表面は平滑で細かい穴が多数空いているといったものだろう。同様なもう一枚があって数個の輪っかを挟んだ物が生きているときの姿に違いない。なんとか形を保っていたが封入剤が固まるときに割れてしまったデリケートなやつ、という趣もある。 白光色の砲弾型LEDの照明に変えた古くさいオリンパスFHAで検鏡したものだ。顕微鏡はここ。
玄関先にシャリンバイとカラーを植えているが良い昆虫採集場になっていた。シャリンバイに着いたアブラムシと、それがカラーに落とす蜜を目がけていろいろやってきたのだ。それがいつの頃からか寂しくなってきて最近は何も居ない時が多くなった。アブラムシが居なくなったせいである。 隣家にもシャリンバイがあってアブラムシがいたが、それにも居なくなっている。地域全体にアブラムシが少なくなっている印象もある。何が原因か不明だが、おおもとの餌になるような奴が減れば影響は大きい。これに限らず昆虫にとっては住みにくい世になっているのは確かだろう。 そんなこんなで虫集めもご無沙汰状態だ。なので悲しいが2014年1月撮影のコバエをご覧頂だこう。触覚と頭のピンボケを3枚の合成で改善した画像だ。
国立科学博物館の生物の歴史の一部で三ドメイン説の系統樹だ。40億年前に誕生した起源生物から真性細菌(バクテリア)が別れ、その後、古細菌との共通祖先から古細菌(アーキア)と、真核生物が別れて現世に続く華麗な生物相ができたわけだ。複雑な生物界も整理するとたったの三つ、原核生物の真性細菌と古細菌、そして真核生物に纏まってしまうわけだ。 たまたま見ていた放送大学で二河教授がRNAの塩基配列の分析で三ドメインの系統樹が明確になることを話されていた。確か国立科学博物館で写真を撮っていたよな。で探したのが今回の画像だ。薄暗い館内でバックライトで浮かび上がる絵と文字を読み取る方式のものを手持ちで撮影したものだ。鮮明さには欠けるがブレなくて良かった。
アリの体は硬い外骨格で包まれているが、口器は柔らかい部分が多い。普段は体の中に引っ込めて小アゴと下唇の固い部分で開口部をふさいで柔らかいものはでていない。でているのは大アゴと小アゴひげだけだ。初めて口器が出てくるのを見たときはたまげた。昔見た「エイリアン」でリプリーが宇宙船を破壊し脱出したカプセルで眠りにつこうとすると潜んでいたエイリアンの歯がユックリとでてくる恐怖の一瞬を思い出したほどだ。 解剖して取り出してから上面と下面をスケッチしたのが今日の図だ。ハエの口器も複雑だがアリもなかなかである。外皮が口から陥入して肛門まで達し開口するのが動物の基本形態だろうが、上唇とか下唇が外皮で口の開口部から陥入しているのだろう。柔らかい外皮では動かせないから、固い部分がアチコチにある。図の濃く描いてある部分だ。これに筋肉と神経がついて動かせるわけだ。 と、頭をめぐらせるのが精一杯。正確で明解な形はどのようか、筋肉がどうついているか、神経は、と見極めるのは工夫がいるし手先が動いてくれないと話にもならないし。である。
これも大分前に撮影したものだ。最初に買ったものの一枚で教育用プレパラートE-M1である。安価に設定されているかわりに封入材を厚めにして作りやすくしてあるそうだ。買ってすぐではないが、クモノスケイソウの構造を想像しているとき、水平面だけでなく横面も見られないかなと思ったが、大きくて厚みがない珪藻なので、そんなものは見られない。もしかして、カバーグラスからはみ出たところにはあるのではないかと探したら見つかりました。 E-M1は海の珪藻をマウントしたもので、大きくて変化に富んだ珪藻たちなのだが、散らしといえどもぎっしり詰まってはい ない。なので、はみ出したのもぱらぱらある程度なのだが、クモノスケイソウの二枚重なったのが上手い具合にあったわけだ。横の線がカバーグラスの縁で、はみ出たもののガラスに吸い寄せられたようだ。 カバーグラスの外はごちゃごちゃと埃が見られるが、これは数年間の取り扱いで、はみでた封入剤の上に付着したものだろう。クリーンさもMWSプレパラートの特徴のひとつなのだが、その状態を維持するのは簡単ではない。という見本にもなってしまった。
初めて顕微鏡を買ったのは2008年の5月だ。シマズの簡単な実体顕微鏡で蜘蛛や昆虫を見ていた。最大40倍だったので倍率に不満を持ちだした。何を血迷ったのか高倍率を求めて生物顕微鏡をネットオークションで買った。3000円の極簡単な奴だった。400倍まで拡大できるが昆虫のような大きさのものや厚みのあるものを見るものではなかった。それで何か見るものはないかとネットで探したのがMWSの珪藻プレパラートだ。2009年の1月だった。 これは届いたプレパラートを初めて撮影したものだ。写真鏡筒もない単眼の接眼部にニコンE5000を押しつけたコリメート法での撮影だ。顕微鏡は反射鏡の光をコンデンサなしでターレット式の絞りで照明する原始的なものだったが、絞り部にはトレーシングペーパーをセットして、光源は8灯式のLEDを使った。MWSの「本日の画像」を見ていたので、その指導に従った照明方法だった。 結果はご覧の通りである。明暗を調整しているのと、ネットに載せるので画素数を減らしているがほぼオリジナルだ。この画素数ではクチビルケイソウの胞紋を見分けられないが、もと画像ははっきり見分けられる。初めての撮影は大成功だったようだ。これに味を占めて10万円弱でオリンパスBHSの中古を買ったりして珪藻の世界に深入りするようになったのだ。
MWS珪藻プレパラートのKMR-01(沿岸)を探して4個入っていたAuricula属と思われるうちの二個目だ。画面は前回も今回も撮影した範囲をそのまま見せているので大きさは比較できる。やや小さな奴なのが分かる。 完全な姿で水平に封入されているから条線が綺麗に流れているのが心地良い。他の珪藻が絡んでいるのはご愛敬だ。
F120号、ヨコ194センチメートルタテ130.3センチメートルである。これでも都美術館の壁面では小さく見える。他を威圧するにはこの倍の大きさでも不足する。大手の公募団体では見上げるような巨大な画面がこれでもかと言う具合に並んでいるところもある。 小生の出品している新作家展はこじんまりした会なので100号クラスが平均の大きさで、大きいのはそれほどないし、50号は結構ある。気張らなくてもユックリ見て貰える会だと思っている。 この絵はそんな場に相応しいだろう。自分でもなんで描いているのかよく分からないが、手数を少なくして、はかない感じがでれば良いと思いながら描いた。弱々しいものがもぞもぞと群れている感じが心地良く思っていただければよろしいのだが。
少し前のこと、MWS「本日の画像」に柄のない団扇のような珪藻がでた。「Auricula属と思われるが分解能検査に使える特性がある。非常に被殻が薄くて取り扱い困難な部類に入ります。」とのことであるが、散らしのプレパラートで見ていたものだ。KMR-01(沿岸)を探すと4個入っていた。貴重品ですね。その中で壊れていたが、一番大きくてほぼ水平でもあるし、一緒に映っている居るのも魅力的な奴なのをご覧頂きたい。
当時どんな気持ちで描いていたのか思い出せないが顔とか手とか部分に集中して描いていたものが残っている。今日の画像はその一部だ。 筆ペンは少ない手数で確実に写すことを求められるので厳しい道具だったが、何とかものにしようと頑張っていたわけだ。 ボールペンも的確な線を一発で決められれば繊細なものができるが至難な技である。それで何本も重ねるような描き方になりやすいし、それが柔らかな味ともいえる表現になる。陰影をつけていくと立体感も増してくるわけだ。モデルの方とどの程度似ているか確かめようもないが、年齢とかを感じていただければ上手くいった部類だろう。
15年前のスケッチで、万年筆型の筆ペンで描いたものだ。 電車の中で真正面の人を描いている訳なので今思えば大胆なことをしていたものだ。 じっと見つめてじっくり描くなどとはできないから、ちらっと見てぐいっと描くという具合だ。筆ペンだと力強い線が引けるし、細くも太くも筆の扱いひとつで使い分けられる。 無駄な線は御法度である。それだけ厳しい道具だと言えようが使いこなせるように学んでいたわけだ。 あちこち破綻があるがご愛嬌だ。
真鶴道路の旧道を小田原から走る。真鶴町の標識が出てからしばらくすると切り通しにかかる。過ぎると眺望が開けてこの景色を見ることになる。 真鶴港の水面がわずかに見え、真鶴半島越しに大島が姿を現す。右に初島が浮かび、天気が良ければ利島や~津島も見える場所だ。 この緑に包まれて家々が港を囲んで立ち並んでいる。この小さな画面にしっかり地べたにひっついたように描ければ小生も威張れる。さんざん歩いているので、真鶴トンネルの排気筒の周りとか半島の付け根の魚料理店とか岡の上のマンションとか、見当のつく建物はいくつもあるので描きやすいはずなのだが難しいことである。
家に閉じこもっていると体の調子が悪くなる。散歩すれば良いので盛んにしたものだったが、連れの犬が亡くなり一人歩きはつまらなくなっていつのまにかしなくなっていた。 妻が使うからと購入した小口径の電動アシスト自転車が遊んでいたのを引っ張り出して乗ってみたら行動半径が広がって快適だった。平らなところは少ないが電動アシストなので坂もたいして気にならない。 今日の絵は米神に入る手前の細道を描いたものだ。この先を左に、坂を降りると集落になる。ここまで約9キロメートル30分ほどで来れる。一休みを兼ねてスケッチをしたわけだ。遠景は大磯丘陵でその上の雲はミニ入道雲だろうか。いったん涼しくなっていたが暑さが戻ってきたのでできたものと見える。
MWS放散虫プレパラートJ482から。CombineZPの深度合成を手作業で補正したものだ。これも破片だから完全な姿は知るべくもない。球状に見えるところも脇を見ると凸凹だが上は滑らかに見えるのも不思議なことだ。 頭を悩ますのはよしにして何か連想できないかなと画像を回してみたら、蓋の切れ目とつまみがあったらぎっちょ用の急須に見えなくもないなと一人にんまりしてしまった今日の画像だ。
電車に乗ることも滅多にない生活になっているが、先だって東京に出かけた。酒を飲み遅い時間に帰る。だんだん人が減り疎らな乗客達を酔った目で眺めるともなく眺めていたが久しぶりにスケッチしたくなった。 それで描いたのが左の図だ。 スマホに夢中で余り動かない。絶好の対象なのだ。
MWS珪藻プレパラートBKK_02沼からキンベラ(クチビルケイソウ)だ。盛大に壊れているし周りも小型のものがひしめきあっている。散らしのプレパラートの特徴だが、こういうものに引かれてしまうのは何故だろうかとも思う。 白色LEDで照明したままなので色収差がでている。科学的にはアウトだが、これも好みだ。やはりへそが曲がっているとみえる。
10月の新作家展出品作だ。元画像を見ながら大体の形をおとしたところである。今回は珪藻の姿は消えて欠片達の乱舞といったところであるが抽象画みたようなものになってしまった。 このようなものが理解を得られるか怪しいが変遷を重ねてここまで来てしまったと言うことだろう。始めたばかりでこれからどうなるか定かではないが、部分と全体の関係に緊張感があり躍動感のあるものになってくれることを切に願う。
昔のスケッチブックを見たら小笠原がでてきた。20年程前だ。今でもやっているか定かではないが、出航の時ボートの見送りがあった。1枚目は港を出て父島の端を見ている。ここで6隻を描いているがもっといたかもしれない。2枚目は兄島の脇で弟島も端に見える。ここまでついてきたのが1隻ドリーム号Uで舳先の4人が海に飛び込んだ。すっかり忘れていたのだが時間までメモしてある。 小笠原は行きも帰りも大変なところだが独特のしきたりなのだろう。沢山のボートが併走するのにビックリし、だんだんと減ってゆき最後は飛び込みのアトラクション付きだった。遠ざかる停止したボートが名残惜しさをいや増したことが懐かしい。
MWS放散虫プレパラートJ482から。CombineZPで二段に分けて深度合成し手作業で重ねたものだ。10日に載せたのと同様のものだろうが壊れ具合も多いし骨太で荒々しく見えた。綺麗と言うより怪奇さがまさるのではないだろうか。
暑い日々が続いている最中に湯河原の幕山公園にゆく。あまりの暑さからか人は少なく奥に進むと無人状態だった。自転車をノンビリ漕いでいると前方路面に緑色にきらりと光ったのがこいつである。 拾い上げると小アリがでてきたから中身を喰われつつある状態だったが、まだ形はしっかりしていた。残念だったのは脚の附節まで無事だったのは1本だけだったことだ。もげる理由は分からないが、まともな死骸のように見えても触覚とか脚の欠けているものは多い。 カナブンかと思ったが後肢基節が接しているのでアオカナブンらしい。カナブンにもこの色はあるらしいが今まで見つけた奴は緑色でも褐色味を帯びていた。 手元に実物を置いてこの画像を見るとあまりの違いに愕然としてしまう。本物はキラキラと輝いていて向きを変えるとどんどん変化してくる。蛍光灯の光でも綺麗だが、強い太陽光線の下では宝石のようなきらめきだった。 広い世間には、この美しさを再現できる人もいるので妥協してはいけないと思うのだが。これが精一杯だ。
MWS放散虫プレパラートJ482から。CombineZPで深度合成し手作業で補正したものだ。この放散虫は姿を想像しやすいと思う。ふっくらとした四角錐状で、頭に小球と角をいただき、数本の尖った脚を持っている。 下側の半分がなくなっているので重なるものがなくスッキリ見れる。しかも、スカートの部分は断面が顕われているので厚みが分かる。かなり分厚いが、もしかしたら中空かもしれない。毎度のことであるが、このようにいろいろ考えさせて貰える絶妙の位置で封入されていると唸らされるのである。 検鏡するのに目に優しく色収差のでない緑はおすすめというのは随分昔に教えて頂いたのではあるが、実際こんな感じで見えて美しいものだ。色フィルターを使う方法もあるが今は緑のLED、しかもパワーLEDが簡単に手に入る。多少の電子工作で緑色の顕微鏡光源が自作で簡単に手に入るわけだ。
我が師、川上尉平先生の岳父は日本画家尾竹竹坡である。結婚されたときは既に他界されていたので接点はないし岳父の話をされたこともなかったのだが、誰から聞いたのか定かでないが先生の岳父は尾竹竹坡だという名前は記憶に残った。1988年に東京都美術館で開催された「1920年代日本展」で斬新な日本画にビックリしたがその作者が竹坡だった。 1920年代は大正末から昭和初期にかけて近代化が進み日本が大きく変わって輝いたときである。絵画、彫刻、写真、建築、都市計画、舞台、映像、工業デザイン、グラフィックデザインなどおよそ150人が生み出した400余点が展示され旧弊をすてたモダニズムの成果で時代の息吹を感じられる構成になっていた。もっとも、1930年代に入ると満州事変から支那事変、太平洋戦争と破滅の道を歩み自由な表現は弾圧されたのであるが。 尾竹竹坡の本来の作品は伝統的なものであるが、岡倉天心と衝突した影響もあって斬新な抽象とも言える作品群を制作したらしい。 氏の人となりが感じられる文章も紹介したい。菱田春草を追悼して語ったものが山種美術館で開催された「春草展」の図録に記載されていたものである。 菱田春草氏の遠逝 尾竹竹坡談 春草君の作品に就て、今更彼此いふ必要もない、明治の第一人である事は無論である、春草君は美術院時代から毛色が変ってゐて、四十を過ぎたら什麼物を書くのか計り知れなかった。然し最近三年の作品を見るに、氏が生涯の目的としてゐた為すべき丈けのものは、総て現はれてゐるのではないかと思ふ。世間では年を老らねば大家でないようにいふが、氏は何といっても現代の第一人で、五浦派の観山、大観、武山よりも、私は後れてゐないやうに思ふ。氏は古い画をも人より以上に味って、而して新しいズバぬけた画を成したが、過渡期の今日画家が発展する方面に迷ってゐるのに、氏独り新らしい作を出したのは、実に感嘆の外はない。私が不思議と思ふのは、一昨年以来「落葉」から「黒き猫」「烏と雀」などを画いたが、支那人は斯ういふ物を画にすると、其人の寿命が縮まると云ってゐる。夫れに氏は感興がさう浮んで、不縁起な事を描いたが、後で巽画会で評判の「南天」を描いた。之れも縁起の悪いものだが、遂に死んで了ったのは不思議である。氏の性格は世間に誤解されて、不人情などゝ云はれるが、氏は無口で心から許した友でなければよく語らぬので、夫が因となったのであらう。我慢強くて寂しい深みのある氏の気質は、軈て氏の作品に遺憾なく現れてゐるのだ。ア、明治の大きい人を失って了った、惜しい事をした。(日々) (東京美術学校校友会月報十巻二号明治四四年十月)
MWS放散虫プレパラートJ482からもう1種をお目にかけるが、どんな形をしているか想像しにくいものだ。中央は穴あき球が大小2つあるようだがその周りの円盤がどうなっているのか全く考えられない。もやもやしていて、ここがピント位置だと明確に言えるところがないせいだか、なぜそうなるか分からないから始末に困るのである。 素直に考えるとバームクーヘンの中央に球を埋め込んだようなものだが、説得力零である。
MWS放散虫プレパラートJ482から十字型のものだ。名前などもサッパリ分からないし、どんな生活をしているかも想像もつかない暢気さであるが、単純に眺めて喜んでいるわけだ。 厚みの薄い十字型の箱に、もっと薄い円盤がついたような形をしているように見える。全面に小穴があいたガラス板で組み立てられた箱なのだろうが、画像を見る限りでは穴はあいて無くて凹ましたように思える。 多数で深度合成しても上手くゆかないので4枚を撰んで簡単に合成したものだか、このほうが特徴が良くでていると思うのだ。
昆虫の外骨格表面は興味深いものがある。赤矢印先の画像はコナラシギゾウムシ(多分)を金属顕微鏡対物レンズ40Xで撮影したものだ。ピント範囲は狭いから、わずかな高低差でも一枚では納まらない。 @の上翅はほぼ平で亀甲模様が刻まれている。もともと翅で、それが固くなったものだ。A、Bは前胸の同じ位置でピントを変えたものだ。外骨格に凹ませた穴の中心から棘毛が生えているのが見て取れる。 このような違いを見つけ出すと実に嬉しい気持ちになる。なんとか絵に出来ないかとずっと思っているのだが、これだけ描いても何が何だか分からないし、全体を描きながらとなると大画面で気の遠くなる作業になるのは確実で悩ましいことだ。
ナビクラ(フナガタケイソウ)の計測間違でめげるところを頑張って20個を集めてグラフ化した。 長さ方向の大きさの違いは、最大47.6μm最小は33.3μmで最小値は最大値の71%であった。幅方向はそれぞれ10.7μm9.2μm86%になった。いい感じかなとも思うが、縦横比は直線に乗らなくてばらつきが大きい。違う種が混じっているのか、ピント位置や珪藻の傾きなどの影響もあるかもしれない。素人がチョコチョコと作ったデータの信憑性は低いと言うことだろう。
MWS珪藻プレパラートASK_01池でナビクラ(フナガタケイソウ)はいろんな種類が沢山入っている。細長いのやズングリしたものなど形の違いがはっきりしているものもあるが、似たようなものもある。@とAは太り具合が随分違う。AとBは似たような姿で比率を変えないで単純に半分ぐらいにしたように見えるが胞紋の10マイクロメートル当りの数は小型の方が倍くらいある。 @ABそれぞれ別種と言うわけだ。 いくらなんでも相似形はないなと元データを見直したら@Aは撮影器具を取り違えて計測していた。赤数字が正しいので、ABは同種だった。
今年4枚目の油絵だ。P50でコナラシギゾウムシを色を無視して描いた。グレーのモノトーンも数描いてきたので目先を変えてセピア調にしたのだが、だんだんコントラストが強くなってきて、これではセピア調とは名乗れない。どうしたものか。悩ましいところだ。
2018.12.30
今年最後の「あれこれ」はMWS放散虫プレパラートJ482だ。 オリンパスBH2、対物10倍、暗視野照明である。深度合成は品に欠けるところが多多生じるようだがピントの範囲が広くなるので形は捉えやすいと思う。
壊れたもの主体で注文したので球状のものは内部を直接観察できるものが多くある。多重構造になっているものも多いが、ここにあるのは一皮だけで、特に中央上部の二点は華奢でいびつな形のはかなさに引かれた。
顕微鏡の世界の大きさの放散虫でも長い時間をかけて海底に死骸の分厚い層を作り、ついにはチャートとなって大陸の一部になっている。単調だが恐るべき時間の長さでやり遂げているわけだ。
それに較べると人間の歴史は短時間で輝かしい成果をあげたとも思うのだが、生まれては消えを悠然と繰り返し分厚いチャートになる生き方もなにか尊いもののような気もするのである。
2018.12.25
カシバードで、日課になったサイクリングコースを表示した。コースの国道135号線は真鶴道路の裏道になって交通量は少ない。狭小な場所は順次整備されて残り少なくなっているし、曲がりくねった道路で海と山の間を楽しくサイクリングできるところだ。難点は平坦なところはなく下りは快適だが登りはエイヤエイヤになることだろうか。
電動アシストで走って居たところだが自力で走りたくなり、クロスバイクを求めた。車重13.5kg、ギア比 1〜3.43である。走りきれるか不安だったので中古にしたが、はじめは息も絶え絶えで大汗をかいたものの走り切れたし、3ヶ月たった今では鍛えられたのか大分楽になった。
しかし、この道を走っているのはロードバイクばかりで、あっという間に追い抜いてゆく。ロードバイクならではの走りかもしれないが男はともかく女性に抜かれると情けなくなる。自転車を変えると追い抜かれないようにできるかもしれないが今のままではどんなにがんばってもあの速度は出ない。などと考えながら走っているのだが、今の平均時速15〜16km/hが一年たってどのくらいになるか楽しみでもあるのだ。
2018.12.20
昆虫の観察を始めた頃は何も知らないに等しかったので捕まえては熱心にスケッチして驚いてばかり居た。
アブラムシも成虫に翅ありと翅なしのものがあるのさえ知らなかったぐらいで暢気なものだった。
この図は10年ぐらい前のものだが昆虫の胸部が三つにわかれているのでその正確な形を捉えようと努めていたのだろう。当時のことは思い出せないが熱心に書き込みをいれているので多分そうだと思うのだ。
新しい発見がつぎつぎとある幸せな時代でもあったわけだ。
2018.12.15
コフキゾウムシの脚でも脛節の棘毛は針のようで毛らしくなるが、やはり虹色に輝いている。ほとんど寝ているので根元の外皮はそれに適した凹み方だ。
附節は接地して体重を支えるところだが、脛節の端部も土や葉に当てて体重を支えているときがある。太く短い形に溝がついたりしていかにも頑丈そうである。
2018.12.10
昆虫の色は不可思議なことが多多ある。
実体顕微鏡を覗いて驚いたことの一つが色だった。さらに金属顕微鏡の世界は想像もできないものだった。前回の白い毛が透明だったりするのがそれである。
白い毛がないかと言えば、あるところにはちゃんとあります。図上段のコナラシギゾウムシの小楯板は肉眼でも白い点で目立つが、太くて明解な白毛がびっしり生えている。体の下面にも疎らだが白い毛がある。
毛状ではなく鱗片状のもある。下段のコフキゾウムシはキラキラ輝く不思議なものだ。しかも形の違うものが幾種類もあって体のアチコチを飾り立てている。外皮そのものは真っ黒クロスケである。肉眼で見ると薄緑の粉がまぶされているように見える。まさに粉吹象鼻蟲である。
2018.12.05
ヒシモンナガタマムシの毛の色違いを確かめようと軽い気持ちで金属顕微鏡を持ち出した。
結果は画像の通りで、え!と驚かされた。白いところは透明で黄金色の感じもある毛があるだけで白はどこにもない。紫色のところは全体に紫で毛もその色になっている。
大型のタマムシは美麗な金属光沢色のものが有名だし、その色が構造色によることもよく知られているので、小型種でも構造色で光の当たり方で色違いになるのはおかしくないと思うが、常時、白と紫の菱紋になるのはどんな仕組みなのか見当もつかない。
表皮に小さな鏨を真っ直ぐに、あるいは斜めに細かく打ち付けて丸い窪みを多数作り、窪みの中心には毛を植える。というのが点刻のある昆虫の普通の姿と思うが、この場合は、毛の根元を保護するように頭の三角な板があって一段と複雑になっている。こんな構造は初めて見た。
実体顕微鏡で見ていたときと大違いになったわけだが、小さな昆虫では良くあることである。
2018.11.30
甲虫(鞘翅目)目タマムシ科ナガタマムシ亜科ヒシモンナガタマムシ、体長0.6センチメートル。
ナガタマムシは平べったい頭部の中央が凹んでいるところに、かわいらしい目と触角が目だつし、小さい胸部と後ろの方が膨らんだ特徴のある腹部に、細くて短い脚などで見分けやすい虫だ。
小型の虫で肉眼でははっきりしないが紫色のキラキラした模様がある綺麗なものである。ネットにいくつかでているが、毛の生えているところが白くなり、生えていないところが紫色になる。という解説がついている。
確かに白い毛が沢山あるところが白色になっている。では、紫色のところに毛はないかというと実は透明な毛がある。全身毛に覆われているのだ。ただ種類の違うものが混ざっており、それが模様を作り出しているわけだ。
表皮も彫刻や点刻で刻み込まれている複雑なもので、実体顕微鏡で70倍程度まで拡大しても見極めが難しく歯がゆい思いになる昆虫である。
2018.11.25
アステロムファラス属(Asteromphalus)はどんな姿をしているかは電子顕微鏡写真を見るのが一番だ。ネットにはいくつかでているが、微妙に変化しているので、これが正解だというものがひとつあるわけではないようだ。
それで、ここに描いたものはアレンジしたものだ。帯面は2個のものしかなかったが全体図程度の厚みだろう。殻面の模様は盛り上がり方の程度がいろいろあるようだ。内部は二重構造になっているのは間違いがないようだが形は種によって変化しているようだ。
実は珪藻はガラス細工なので電顕写真は実際と違う。復元図は透明なガラス細工に表現しなくてはいけない。しかも生きているときは薄い有機質の皮膜に覆われているし、内部は葉緑体などもあり複雑な色模様もある。人間が珪藻よりも小さくなって珪藻を見上げれば素晴らしい姿に心打たれると思うのだ。
2018.11.20
MWS珪藻プレパラートのKMR-01(沿岸)は大きめで変化に富んだ珪藻が沢山あって楽しいものである。画像のアステロムファラス属(Asteromphalus)は、ほんのわずかしか入っていないが南極の化石種のものにも入っていたから息の長い珪藻だ。高台のない薄い皿をひっくり返したような珪藻だと思う。しっかり見える筋は内部を補強するように細く盛り上がっているだけで、表面は平滑で細かい穴が多数空いているといったものだろう。同様なもう一枚があって数個の輪っかを挟んだ物が生きているときの姿に違いない。なんとか形を保っていたが封入剤が固まるときに割れてしまったデリケートなやつ、という趣もある。
白光色の砲弾型LEDの照明に変えた古くさいオリンパスFHAで検鏡したものだ。顕微鏡はここ。
2018.11.15
玄関先にシャリンバイとカラーを植えているが良い昆虫採集場になっていた。シャリンバイに着いたアブラムシと、それがカラーに落とす蜜を目がけていろいろやってきたのだ。それがいつの頃からか寂しくなってきて最近は何も居ない時が多くなった。アブラムシが居なくなったせいである。
隣家にもシャリンバイがあってアブラムシがいたが、それにも居なくなっている。地域全体にアブラムシが少なくなっている印象もある。何が原因か不明だが、おおもとの餌になるような奴が減れば影響は大きい。これに限らず昆虫にとっては住みにくい世になっているのは確かだろう。
そんなこんなで虫集めもご無沙汰状態だ。なので悲しいが2014年1月撮影のコバエをご覧頂だこう。触覚と頭のピンボケを3枚の合成で改善した画像だ。
2018.11.11
国立科学博物館の生物の歴史の一部で三ドメイン説の系統樹だ。40億年前に誕生した起源生物から真性細菌(バクテリア)が別れ、その後、古細菌との共通祖先から古細菌(アーキア)と、真核生物が別れて現世に続く華麗な生物相ができたわけだ。複雑な生物界も整理するとたったの三つ、原核生物の真性細菌と古細菌、そして真核生物に纏まってしまうわけだ。
たまたま見ていた放送大学で二河教授がRNAの塩基配列の分析で三ドメインの系統樹が明確になることを話されていた。確か国立科学博物館で写真を撮っていたよな。で探したのが今回の画像だ。薄暗い館内でバックライトで浮かび上がる絵と文字を読み取る方式のものを手持ちで撮影したものだ。鮮明さには欠けるがブレなくて良かった。
2018.11.05
アリの体は硬い外骨格で包まれているが、口器は柔らかい部分が多い。普段は体の中に引っ込めて小アゴと下唇の固い部分で開口部をふさいで柔らかいものはでていない。でているのは大アゴと小アゴひげだけだ。初めて口器が出てくるのを見たときはたまげた。昔見た「エイリアン」でリプリーが宇宙船を破壊し脱出したカプセルで眠りにつこうとすると潜んでいたエイリアンの歯がユックリとでてくる恐怖の一瞬を思い出したほどだ。
解剖して取り出してから上面と下面をスケッチしたのが今日の図だ。ハエの口器も複雑だがアリもなかなかである。外皮が口から陥入して肛門まで達し開口するのが動物の基本形態だろうが、上唇とか下唇が外皮で口の開口部から陥入しているのだろう。柔らかい外皮では動かせないから、固い部分がアチコチにある。図の濃く描いてある部分だ。これに筋肉と神経がついて動かせるわけだ。
と、頭をめぐらせるのが精一杯。正確で明解な形はどのようか、筋肉がどうついているか、神経は、と見極めるのは工夫がいるし手先が動いてくれないと話にもならないし。である。
2018.10.30
これも大分前に撮影したものだ。最初に買ったものの一枚で教育用プレパラートE-M1である。安価に設定されているかわりに封入材を厚めにして作りやすくしてあるそうだ。買ってすぐではないが、クモノスケイソウの構造を想像しているとき、水平面だけでなく横面も見られないかなと思ったが、大きくて厚みがない珪藻なので、そんなものは見られない。もしかして、カバーグラスからはみ出たところにはあるのではないかと探したら見つかりました。
E-M1は海の珪藻をマウントしたもので、大きくて変化に富んだ珪藻たちなのだが、散らしといえどもぎっしり詰まってはい ない。なので、はみ出したのもぱらぱらある程度なのだが、クモノスケイソウの二枚重なったのが上手い具合にあったわけだ。横の線がカバーグラスの縁で、はみ出たもののガラスに吸い寄せられたようだ。
カバーグラスの外はごちゃごちゃと埃が見られるが、これは数年間の取り扱いで、はみでた封入剤の上に付着したものだろう。クリーンさもMWSプレパラートの特徴のひとつなのだが、その状態を維持するのは簡単ではない。という見本にもなってしまった。
2018.10.25
初めて顕微鏡を買ったのは2008年の5月だ。シマズの簡単な実体顕微鏡で蜘蛛や昆虫を見ていた。最大40倍だったので倍率に不満を持ちだした。何を血迷ったのか高倍率を求めて生物顕微鏡をネットオークションで買った。3000円の極簡単な奴だった。400倍まで拡大できるが昆虫のような大きさのものや厚みのあるものを見るものではなかった。それで何か見るものはないかとネットで探したのがMWSの珪藻プレパラートだ。2009年の1月だった。
これは届いたプレパラートを初めて撮影したものだ。写真鏡筒もない単眼の接眼部にニコンE5000を押しつけたコリメート法での撮影だ。顕微鏡は反射鏡の光をコンデンサなしでターレット式の絞りで照明する原始的なものだったが、絞り部にはトレーシングペーパーをセットして、光源は8灯式のLEDを使った。MWSの「本日の画像」を見ていたので、その指導に従った照明方法だった。
結果はご覧の通りである。明暗を調整しているのと、ネットに載せるので画素数を減らしているがほぼオリジナルだ。この画素数ではクチビルケイソウの胞紋を見分けられないが、もと画像ははっきり見分けられる。初めての撮影は大成功だったようだ。これに味を占めて10万円弱でオリンパスBHSの中古を買ったりして珪藻の世界に深入りするようになったのだ。
2018.10.20
MWS珪藻プレパラートのKMR-01(沿岸)を探して4個入っていたAuricula属と思われるうちの二個目だ。画面は前回も今回も撮影した範囲をそのまま見せているので大きさは比較できる。やや小さな奴なのが分かる。
完全な姿で水平に封入されているから条線が綺麗に流れているのが心地良い。他の珪藻が絡んでいるのはご愛敬だ。
2018.10.15
F120号、ヨコ194センチメートルタテ130.3センチメートルである。これでも都美術館の壁面では小さく見える。他を威圧するにはこの倍の大きさでも不足する。大手の公募団体では見上げるような巨大な画面がこれでもかと言う具合に並んでいるところもある。
小生の出品している新作家展はこじんまりした会なので100号クラスが平均の大きさで、大きいのはそれほどないし、50号は結構ある。気張らなくてもユックリ見て貰える会だと思っている。
この絵はそんな場に相応しいだろう。自分でもなんで描いているのかよく分からないが、手数を少なくして、はかない感じがでれば良いと思いながら描いた。弱々しいものがもぞもぞと群れている感じが心地良く思っていただければよろしいのだが。
2018.10.10
少し前のこと、MWS「本日の画像」に柄のない団扇のような珪藻がでた。「Auricula属と思われるが分解能検査に使える特性がある。非常に被殻が薄くて取り扱い困難な部類に入ります。」とのことであるが、散らしのプレパラートで見ていたものだ。KMR-01(沿岸)を探すと4個入っていた。貴重品ですね。その中で壊れていたが、一番大きくてほぼ水平でもあるし、一緒に映っている居るのも魅力的な奴なのをご覧頂きたい。
2018.10.05
当時どんな気持ちで描いていたのか思い出せないが顔とか手とか部分に集中して描いていたものが残っている。今日の画像はその一部だ。
筆ペンは少ない手数で確実に写すことを求められるので厳しい道具だったが、何とかものにしようと頑張っていたわけだ。 ボールペンも的確な線を一発で決められれば繊細なものができるが至難な技である。それで何本も重ねるような描き方になりやすいし、それが柔らかな味ともいえる表現になる。陰影をつけていくと立体感も増してくるわけだ。モデルの方とどの程度似ているか確かめようもないが、年齢とかを感じていただければ上手くいった部類だろう。
2018.09.30
15年前のスケッチで、万年筆型の筆ペンで描いたものだ。
電車の中で真正面の人を描いている訳なので今思えば大胆なことをしていたものだ。
じっと見つめてじっくり描くなどとはできないから、ちらっと見てぐいっと描くという具合だ。筆ペンだと力強い線が引けるし、細くも太くも筆の扱いひとつで使い分けられる。
無駄な線は御法度である。それだけ厳しい道具だと言えようが使いこなせるように学んでいたわけだ。
あちこち破綻があるがご愛嬌だ。
2018.09.25
真鶴道路の旧道を小田原から走る。真鶴町の標識が出てからしばらくすると切り通しにかかる。過ぎると眺望が開けてこの景色を見ることになる。
真鶴港の水面がわずかに見え、真鶴半島越しに大島が姿を現す。右に初島が浮かび、天気が良ければ利島や~津島も見える場所だ。
この緑に包まれて家々が港を囲んで立ち並んでいる。この小さな画面にしっかり地べたにひっついたように描ければ小生も威張れる。さんざん歩いているので、真鶴トンネルの排気筒の周りとか半島の付け根の魚料理店とか岡の上のマンションとか、見当のつく建物はいくつもあるので描きやすいはずなのだが難しいことである。
2018.09.20
家に閉じこもっていると体の調子が悪くなる。散歩すれば良いので盛んにしたものだったが、連れの犬が亡くなり一人歩きはつまらなくなっていつのまにかしなくなっていた。
妻が使うからと購入した小口径の電動アシスト自転車が遊んでいたのを引っ張り出して乗ってみたら行動半径が広がって快適だった。平らなところは少ないが電動アシストなので坂もたいして気にならない。
今日の絵は米神に入る手前の細道を描いたものだ。この先を左に、坂を降りると集落になる。ここまで約9キロメートル30分ほどで来れる。一休みを兼ねてスケッチをしたわけだ。遠景は大磯丘陵でその上の雲はミニ入道雲だろうか。いったん涼しくなっていたが暑さが戻ってきたのでできたものと見える。
2018.09.15
MWS放散虫プレパラートJ482から。CombineZPの深度合成を手作業で補正したものだ。これも破片だから完全な姿は知るべくもない。球状に見えるところも脇を見ると凸凹だが上は滑らかに見えるのも不思議なことだ。
頭を悩ますのはよしにして何か連想できないかなと画像を回してみたら、蓋の切れ目とつまみがあったらぎっちょ用の急須に見えなくもないなと一人にんまりしてしまった今日の画像だ。
2018.09.10
電車に乗ることも滅多にない生活になっているが、先だって東京に出かけた。酒を飲み遅い時間に帰る。だんだん人が減り疎らな乗客達を酔った目で眺めるともなく眺めていたが久しぶりにスケッチしたくなった。
それで描いたのが左の図だ。
スマホに夢中で余り動かない。絶好の対象なのだ。
2018.09.05
MWS珪藻プレパラートBKK_02沼からキンベラ(クチビルケイソウ)だ。盛大に壊れているし周りも小型のものがひしめきあっている。散らしのプレパラートの特徴だが、こういうものに引かれてしまうのは何故だろうかとも思う。
白色LEDで照明したままなので色収差がでている。科学的にはアウトだが、これも好みだ。やはりへそが曲がっているとみえる。
2018.08.30
10月の新作家展出品作だ。元画像を見ながら大体の形をおとしたところである。今回は珪藻の姿は消えて欠片達の乱舞といったところであるが抽象画みたようなものになってしまった。
このようなものが理解を得られるか怪しいが変遷を重ねてここまで来てしまったと言うことだろう。始めたばかりでこれからどうなるか定かではないが、部分と全体の関係に緊張感があり躍動感のあるものになってくれることを切に願う。
2018.08.25
昔のスケッチブックを見たら小笠原がでてきた。20年程前だ。今でもやっているか定かではないが、出航の時ボートの見送りがあった。1枚目は港を出て父島の端を見ている。ここで6隻を描いているがもっといたかもしれない。2枚目は兄島の脇で弟島も端に見える。ここまでついてきたのが1隻ドリーム号Uで舳先の4人が海に飛び込んだ。すっかり忘れていたのだが時間までメモしてある。
小笠原は行きも帰りも大変なところだが独特のしきたりなのだろう。沢山のボートが併走するのにビックリし、だんだんと減ってゆき最後は飛び込みのアトラクション付きだった。遠ざかる停止したボートが名残惜しさをいや増したことが懐かしい。
2018.08.20
MWS放散虫プレパラートJ482から。CombineZPで二段に分けて深度合成し手作業で重ねたものだ。10日に載せたのと同様のものだろうが壊れ具合も多いし骨太で荒々しく見えた。綺麗と言うより怪奇さがまさるのではないだろうか。
2018.08.15
暑い日々が続いている最中に湯河原の幕山公園にゆく。あまりの暑さからか人は少なく奥に進むと無人状態だった。自転車をノンビリ漕いでいると前方路面に緑色にきらりと光ったのがこいつである。
拾い上げると小アリがでてきたから中身を喰われつつある状態だったが、まだ形はしっかりしていた。残念だったのは脚の附節まで無事だったのは1本だけだったことだ。もげる理由は分からないが、まともな死骸のように見えても触覚とか脚の欠けているものは多い。
カナブンかと思ったが後肢基節が接しているのでアオカナブンらしい。カナブンにもこの色はあるらしいが今まで見つけた奴は緑色でも褐色味を帯びていた。
手元に実物を置いてこの画像を見るとあまりの違いに愕然としてしまう。本物はキラキラと輝いていて向きを変えるとどんどん変化してくる。蛍光灯の光でも綺麗だが、強い太陽光線の下では宝石のようなきらめきだった。
広い世間には、この美しさを再現できる人もいるので妥協してはいけないと思うのだが。これが精一杯だ。
2018.08.10
MWS放散虫プレパラートJ482から。CombineZPで深度合成し手作業で補正したものだ。この放散虫は姿を想像しやすいと思う。ふっくらとした四角錐状で、頭に小球と角をいただき、数本の尖った脚を持っている。
下側の半分がなくなっているので重なるものがなくスッキリ見れる。しかも、スカートの部分は断面が顕われているので厚みが分かる。かなり分厚いが、もしかしたら中空かもしれない。毎度のことであるが、このようにいろいろ考えさせて貰える絶妙の位置で封入されていると唸らされるのである。
検鏡するのに目に優しく色収差のでない緑はおすすめというのは随分昔に教えて頂いたのではあるが、実際こんな感じで見えて美しいものだ。色フィルターを使う方法もあるが今は緑のLED、しかもパワーLEDが簡単に手に入る。多少の電子工作で緑色の顕微鏡光源が自作で簡単に手に入るわけだ。
2018.08.05
我が師、川上尉平先生の岳父は日本画家尾竹竹坡である。結婚されたときは既に他界されていたので接点はないし岳父の話をされたこともなかったのだが、誰から聞いたのか定かでないが先生の岳父は尾竹竹坡だという名前は記憶に残った。1988年に東京都美術館で開催された「1920年代日本展」で斬新な日本画にビックリしたがその作者が竹坡だった。
1920年代は大正末から昭和初期にかけて近代化が進み日本が大きく変わって輝いたときである。絵画、彫刻、写真、建築、都市計画、舞台、映像、工業デザイン、グラフィックデザインなどおよそ150人が生み出した400余点が展示され旧弊をすてたモダニズムの成果で時代の息吹を感じられる構成になっていた。もっとも、1930年代に入ると満州事変から支那事変、太平洋戦争と破滅の道を歩み自由な表現は弾圧されたのであるが。
尾竹竹坡の本来の作品は伝統的なものであるが、岡倉天心と衝突した影響もあって斬新な抽象とも言える作品群を制作したらしい。
氏の人となりが感じられる文章も紹介したい。菱田春草を追悼して語ったものが山種美術館で開催された「春草展」の図録に記載されていたものである。
菱田春草氏の遠逝
尾竹竹坡談
春草君の作品に就て、今更彼此いふ必要もない、明治の第一人である事は無論である、春草君は美術院時代から毛色が変ってゐて、四十を過ぎたら什麼物を書くのか計り知れなかった。然し最近三年の作品を見るに、氏が生涯の目的としてゐた為すべき丈けのものは、総て現はれてゐるのではないかと思ふ。世間では年を老らねば大家でないようにいふが、氏は何といっても現代の第一人で、五浦派の観山、大観、武山よりも、私は後れてゐないやうに思ふ。氏は古い画をも人より以上に味って、而して新しいズバぬけた画を成したが、過渡期の今日画家が発展する方面に迷ってゐるのに、氏独り新らしい作を出したのは、実に感嘆の外はない。私が不思議と思ふのは、一昨年以来「落葉」から「黒き猫」「烏と雀」などを画いたが、支那人は斯ういふ物を画にすると、其人の寿命が縮まると云ってゐる。夫れに氏は感興がさう浮んで、不縁起な事を描いたが、後で巽画会で評判の「南天」を描いた。之れも縁起の悪いものだが、遂に死んで了ったのは不思議である。氏の性格は世間に誤解されて、不人情などゝ云はれるが、氏は無口で心から許した友でなければよく語らぬので、夫が因となったのであらう。我慢強くて寂しい深みのある氏の気質は、軈て氏の作品に遺憾なく現れてゐるのだ。ア、明治の大きい人を失って了った、惜しい事をした。(日々)
(東京美術学校校友会月報十巻二号明治四四年十月)
2018.07.30
MWS放散虫プレパラートJ482からもう1種をお目にかけるが、どんな形をしているか想像しにくいものだ。中央は穴あき球が大小2つあるようだがその周りの円盤がどうなっているのか全く考えられない。もやもやしていて、ここがピント位置だと明確に言えるところがないせいだか、なぜそうなるか分からないから始末に困るのである。
素直に考えるとバームクーヘンの中央に球を埋め込んだようなものだが、説得力零である。
2018.07.25
MWS放散虫プレパラートJ482から十字型のものだ。名前などもサッパリ分からないし、どんな生活をしているかも想像もつかない暢気さであるが、単純に眺めて喜んでいるわけだ。
厚みの薄い十字型の箱に、もっと薄い円盤がついたような形をしているように見える。全面に小穴があいたガラス板で組み立てられた箱なのだろうが、画像を見る限りでは穴はあいて無くて凹ましたように思える。
多数で深度合成しても上手くゆかないので4枚を撰んで簡単に合成したものだか、このほうが特徴が良くでていると思うのだ。
2018.07.20
昆虫の外骨格表面は興味深いものがある。赤矢印先の画像はコナラシギゾウムシ(多分)を金属顕微鏡対物レンズ40Xで撮影したものだ。ピント範囲は狭いから、わずかな高低差でも一枚では納まらない。
@の上翅はほぼ平で亀甲模様が刻まれている。もともと翅で、それが固くなったものだ。A、Bは前胸の同じ位置でピントを変えたものだ。外骨格に凹ませた穴の中心から棘毛が生えているのが見て取れる。
このような違いを見つけ出すと実に嬉しい気持ちになる。なんとか絵に出来ないかとずっと思っているのだが、これだけ描いても何が何だか分からないし、全体を描きながらとなると大画面で気の遠くなる作業になるのは確実で悩ましいことだ。
2018.07.15
ナビクラ(フナガタケイソウ)の計測間違でめげるところを頑張って20個を集めてグラフ化した。
長さ方向の大きさの違いは、最大47.6μm最小は33.3μmで最小値は最大値の71%であった。幅方向はそれぞれ10.7μm9.2μm86%になった。いい感じかなとも思うが、縦横比は直線に乗らなくてばらつきが大きい。違う種が混じっているのか、ピント位置や珪藻の傾きなどの影響もあるかもしれない。素人がチョコチョコと作ったデータの信憑性は低いと言うことだろう。
2018.07.10
MWS珪藻プレパラートASK_01池でナビクラ(フナガタケイソウ)はいろんな種類が沢山入っている。細長いのやズングリしたものなど形の違いがはっきりしているものもあるが、似たようなものもある。@とAは太り具合が随分違う。AとBは似たような姿で比率を変えないで単純に半分ぐらいにしたように見えるが胞紋の10マイクロメートル当りの数は小型の方が倍くらいある。
@ABそれぞれ別種と言うわけだ。
いくらなんでも相似形はないなと元データを見直したら@Aは撮影器具を取り違えて計測していた。赤数字が正しいので、ABは同種だった。
2018.07.05
今年4枚目の油絵だ。P50でコナラシギゾウムシを色を無視して描いた。グレーのモノトーンも数描いてきたので目先を変えてセピア調にしたのだが、だんだんコントラストが強くなってきて、これではセピア調とは名乗れない。どうしたものか。悩ましいところだ。